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小説 3
漆黒王と幻の伴侶・12
 毒を食った奴と食ってねぇ奴は、すぐに見分けがついた。
 即効性のモノだったらしくて、食った奴は皆、床にうずくまって吐きまくってるからだ。
 食ってねぇ奴は、呆然とその様子を見るしかできねぇ。
「医者を呼べ! ミズタニ、毒が何か調べろ! それから、料理長を連れて来い!」
 オレはまず指示を出して、それから周りの人間に目をやった。無事なのは、オレとミズタニを入れても10人前後。
 オレの左右で無事なのは、内大臣と……魔女姫。
 けど魔女姫は、何でか真っ青な顔をして、両手で顔を覆い、カタカタと震えていた。

「おい、お前も部屋で休んでろ。具合は悪くねぇか?」
 
 肩に手を当てて顔を覗き込んでやると、魔女姫はそのままそこに崩れるように座り込み、真っ青な顔で、叫んだ。
「私じゃない! 私じゃありません! 私の国の者でもありません!」
「はぁ? どういう意味だよ、おい!」
 問いただすけど、魔女姫はもう錯乱しちまってて、「私じゃない」って繰り返すだけ。もう、オレの顔も見やしねぇ。

 私のせいじゃない、って……誰もお前のせいだとか、責めてねーだろっての。
 それとも、何か心当たりでもあるんだろうか? そういや朝から食欲なさそうだったけど。まるで毒でも警戒してんのかと思うくらいに……。
 と、思った時。
「アベ王〜」
 いつもよりちょっと真面目な声で、でもなぜか不思議と余裕ある様子で、ミズタニが言った。

「これ〜、リコリスの中毒症状っぽいね〜」

 リコリス。そう聞いて、ぱっと魔女姫の顔を見ると。
 魔女姫は両手で耳をふさぎ、イヤイヤと首を横に振って、「私じゃありません」と、もっかい言った。
「あ〜でも、リコリスならそんなヒドクないから大丈夫だよ〜。苦しいだけで、そんな簡単に死んだりしないしね〜」
 ミズタニは真面目な顔で、でもやっぱり軽い口調で、そう言いながら近付いて来た。

「イタズラにしちゃ悪質だけど。ねぇ、お姫様。一体この城に、どんだけ大量のリコリスの鉢植え、持ち込んでたんですか〜?」

「鉢植え?」
 何でそう言い切るんだ、と思って、いつも髪に飾ってた花を思い出す。
 朝から晩まで、毎日毎日飾り歩いてたにもかかわらず……そのリコリスが、いつも新鮮そうだったのは。大量の鉢植えを持ち込んで、使うたびに採取してたからか……!
「おい、何か心当たりあるんじゃねーのか!?」
 オレがきつく問いただすと、魔女姫は大きく首を横に振り、泣きながら叫んだ。

「盗まれたんです! 朝、起きたら、鉢植えが全部荒らされていて。お花の球根が、全部抜き取られていたんです!」

 よく知らねぇけど、球根に毒が多いんか? もし盗難がホントなら、そして身内の犯行じゃねぇってんなら、犯人は他にいるってことだろ。
 その毒を使ってこういう騒ぎが起こるっての、予想がつくだろ。
 もっと早くに……朝気付いたんなら、朝のうちに……言ってくれてりゃ、こんな被害は出なかったんじゃねぇのか!?

「てんめぇ、何で黙ってた!」
 魔女を大声で怒鳴りつけたら、ミズタニが「まあまあ」と手を振った。
「言えなかったんだよねぇ?」
 とか優しく声を掛けている。
 あー、てめーは女なら魔女にも優しーんだな。
 ちっと舌打ちをした時、すぐ側でうずくまって苦しんでたメス猫娘が、涙だらけの顔を上げた。
「言い逃れですわ! ライバルである私を、苦しめて追い出そうとしたに違いありません!」
 吐いた喉がツレェのか、メス猫娘は叫んだ後、ケホンケホンと咳をした。
「そんな、誤解です! 私はホントに……!」
 魔女姫は泣きながら否定したけど、メス猫はもう聞いちゃいねぇ。喉を苦しそうに抑えて、ケホケホと咳を続け、口からヨダレを垂れ流してる。
 その横の女狐はっつーと、もう喋る気力も顔を上げる気力もねぇようで、床に伏してむせび泣いてた。


 やがて、オレの命令を受けてた侍従が、兵士と一緒に料理長を連行して来た。
「説明しろ!」
 オレが一喝すると、料理長は魔女姫を指差して、指差したままオレの足元に縋りついた。
「あの姫に命じられたんです。大した毒じゃない、ただの余興だからって。間違って食べても、大したことにならないって……!」
「姫、それはホントか!?」
 厳しく問うと、魔女姫は大きく首を振りながら、悲鳴のような声で「違います!」と叫んだ。
「違います! デタラメです! どうして私がそんな事……! 大事なお花を根こそぎ荒らされた、私の方が被害者ですのに!」

 そう言われればそうなのかも知れねー、と、ちらっと思った。
 けど、今は議論してる場合じゃねぇ。
 別の兵を呼んで、魔女姫を部屋に送らせ、そこに当分の間閉じ籠もって貰うことにする。

 料理長の方は、連行して来た兵士に、そのまま地下牢に入れとけと命じた。
 地下牢には、生き汚ぇ叔父がしぶとく拘留されてるが、他にも空き室がいっぱいあんのをオレは知ってるし。
「そのまま、牢の中で尋問しろ」
 オレの命令を聞いて、今更のように料理長が慌てて何かをわめき出すが、聞く耳持たずに連れて行かせた。


 けど、これで全部が解決じゃねぇ。
 例えあの二人が犯人だったとしても、国内外の来賓に毒を食わせちまったのは事実だし。
 今後、賠償とか色々面倒かも知れねー。
 そう考えると、何か、腹立って来た。
「おい、この大変な時に、なんでお前の師匠は来ねーんだ? へっぽこ見習い一人に任せられるような事態じゃねーだろ! つか、オレの王宮でこんな不祥事とか! 白魔導師が後見についてて、有り得なくねーか!?」
 苛立ち紛れにミズタニを睨みつけると、ミズタニはへらへら笑いをふっと収めて、真面目な顔、真面目な口調でぼそっと言った。
「じゃあ訊くけど。この国では、いつから公の場で、後見人をあんな末席に座らせるようになったのさ?」

 末席――?
 確かに、ちらっと遠いなとは思ったけど――。
 以前はどうだった? 白のローブが、いつも視界に入ってなかったか? いつも? じゃあ、ずっと上座に?
 何でだ? 恩人だから?
 今は? 恩を感じて――感じてねぇ、のか?
 いや、オレは――。

「見習い魔法使いなら末席で充分だっただろ」
 オレが反論すると、ミズタニは小バカにしたようにため息をついて、「分かってないねぇ」と言った。
「オレか師匠か、どっちかが出るって言ったでしょ。あそこに座ってたの、もしかしてオレじゃなくて、師匠だったかも知れないんだよ? ねぇ、ホントにオレだった? 師匠と見間違えてない?」
 そんな風に、試すように言われると自信はねぇけど……でも、やっぱこいつだったと思うし。
 そう言うと、ミズタニはにっこりと笑った。

「そうだね、師匠はこんなとこに来る訳ないよね。今は遠くにいるし。多分、思い出した頃に会えるんじゃないかな」

 一瞬、茶色い瞳に射抜かれたような気がして、ギョッとする。けど、すぐにミズタニはふにゃっと雰囲気を和らげて。
「でも、連絡はできるし、毒の対処の仕方なら知ってるから、大丈夫だよ〜」
 そう言って、ゆるーく微笑んだ。
 その緊張感の無さは何なんだ。
 いや……重大じゃねーから、へらへらしていられるんだろうか?

「放って置いても自分で吐くと思うけど。心配なら、口にジョウゴを突っ込んで、イヤってくらい水を飲ませてから、今度は手を突っ込んで吐かせてあげればいいんだよー。どうせ、皆、そんなに食べてないし。吐き気と、めまいと、もしかしたら下痢とか。症状ったらそれくらいだから、心配ないと思うよー」

 口にジョウゴって。仮にも来賓とか大臣とか貴族とかに対して、その態度はなくねーか?
 
 そう……思ったけど。何でか、またぶすくれた顔を見せられんのもうんざりだったので、オレは黙って目を逸らした。

(続く)

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