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小説 3
漆黒王と幻の伴侶・10
 目を開けた瞬間、夢だ、と分かった。
 ふわふわと現実感のない足元に、真っ白な視界。これが夢じゃなかったら何だ?
 と、目の前の白い空間が動いて、一人の青年が現れた。

 いや……違う。フードを上げたんだ。
 白い空間と同じ色の、白のローブの。姿を隠すために深く被っていた、その被り物を取ったんだ。
 そして現れたのは、柔らかな薄茶色の髪と、琥珀色の瞳。筋肉でぴっちりと覆われた、余分な脂肪のついてない美しい身体。
 『阿部君』とオレを呼ぶ、声なき声。

 ああ、お前はずっとここにいたんだな。

 □□□、と愛しい彼の名前を呼ぶ。
 何で忘れてたんだろう。こんなに好きなのに。愛してるのに。□□□。

 なあ、見合いのこと、ごめんな。お前、断って欲しかったんだろ。違うか?

 オレがそう言うと、□□□は寂しそうな顔で微笑んだ。男のくせに、きれいだと思うオレは、どうかしてるんだろうか。

 見合い断ったら、なあ、戻って来てくれるか?
 オレ、やっぱお前がいねーとダメなんだ。お前じゃねーとダメなんだよ、□□□。
 オレはこの先何があっても、絶対女なんかと結婚しねー。浮気だって勿論しねーし、見合いもしねー。お前が望むなら、あの女共全員、今すぐ国から追い出したって構わねー。
 だから、なあ、戻ってくれ。笑ってくれ。
 幸せだと言ってくれ……!

 けど、□□□は目を伏せて首を振った。
 何でだよ!?
 取り縋ろうとするオレを、片手で制して。□□□は言った。穏やかな口調で。

『アベ君、君は呪われた。呪われてしまったんだ、ゴメンなさい』

 呪われた? 呪いって何だ? どういう意味だ?
 呪われたらどうなるってんだ?
 オレが訊くと、□□□は少し思いつめたような顔で、いつもは垂れがちな眉を、きゅっと寄せた。

『大丈夫、オレがちゃんと守るから。ただこれは、オレの甘さが招いた結果だから、責任は取らなきゃダメなんだ』

 ああ、そんなコト前にも言ってたな。
 何でこんなコト忘れてたんだろう、あっさりとよみがえる記憶に、胸が痛む。
 責任ってさ、どういう取り方するつもり?
 4年前はさ、オレの後見引き受けるっていう責任の取り方だったけどさ。今回はどうすんの? 責任取って……そんで、お前どうすんの?

 そんなオレの問いかけに、□□□は微笑んだだけで答えなかった。
 そして言った。
『アベ君、■■には気を付けて』

『■■の■■は、オレには簡単に破れない』

『どんな魔導師のどんな魔法も、オレ、打ち勝つ自信はあるんだけど』

『■■の■■だけはダメなんだ、だから。お願いだよ、アベ君、■■には気を付けて』

 そう言って□□□は、オレの手にブレスレットを握らせた。

 イヤだ。こんなのより、オレの指輪を返してくれ。なあ、あれ、お前が持ってっちまったんだろ? 返してくれよ。
 あの指輪以外、一生ハメるつもりねーかんな!?
 どんな女がどんな指輪を差し出そうと、オレは絶対、あれ以外ハメねーから。
 ハメねーかんな!

 オレが言い募ると、□□□は目を伏せて、ふひっと笑った。
 そして、すうーっとオレから離れて行く。
 オレの手には、漆黒のブレスレットだけが残される。

 待て、□□□、もうちょっと。
 もうちょっと側にいてくれ。顔を見せてくれ。
 声を聞かせてくれ。触れさせてくれ。

 けど□□□は白いフードを深く被り、オレの方に背を向けた。
 白いローブが白い世界に混ざって消え、彼の姿も見えなくなる。
 どこにも――いないようになる。

 そして、少しずつ記憶が隠されていく。
 名前も、顔も、声も、笑顔も。
 その肌の温もりも――。

 愛しさも。



 どんな夢を見てたんだか覚えてねーけど、朝、目が覚めてたら泣いていた。
 コンコンコン、寝室のドアがノックされ、侍従が遠慮がちに声を掛ける。
「陛下、お目覚めでいらっしゃいますか」
「入れ」
 侍従は一歩入ってドアを閉め、「おはようございます」と礼をした。
 オレの頬に涙の痕があんの、見て分かっただろうけど何も言わねー。

 侍従に手伝わせて着替えを済ませた後、ふと思い立って、執務デスクの引き出しを開けた。そこにはこの間ミズタニから預かった、黒曜石のブレスレットが入ってる。
 預かったものの、なんか違和感がぬぐえなくて、今まで身に付けんのをためらってた。
 けど……何でか、素直に付けてみようって気になったんだ。

 ただの思いつきだ。
 きっと、深い意味なんかねぇ。
 普段は滅多に食べねぇけど、たまにケーキを食べたくなるような……。

 きっと、そんな感じなんだろうと思った。

(続く)

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あきゅろす。
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