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小説 3
漆黒王と幻の伴侶・9
 こんなとこで何やってたんだ、と訊くと、ミズタニは悪びれもしねーでこう言った。
「何って。見張ってたんだよ〜、そこから、あの扉をね〜」
 クソ魔法使いの言う「そこ」に立って斜め下を見ると、「あの扉」ってどの扉なのかすぐに分かった。
 オレの寝室だ。
「はああっ!? てめー、見張ってただと?」
 怒鳴りつけて胸倉掴み上げると、ミズタニは「暴力反対!」と喚いた。
「怒らないでよ〜、仕事なんだから〜」
 そう言うところを見ると、好きで見張ってたって訳じゃなさそうだ。

「仕事って。じゃあ、お前の師匠の指示か! とんだ覗き趣味だな!」

「違うよ〜! 何言ってんのさ。師匠はね、アベっちのコト……」
 ミズタニは何か言いかけて口ごもったが、師匠がどうとか、そんなのはもうどうでも良かった。それより気まずさと気恥ずかしさの方が上だった。
 だって、女狐がオレの部屋に来て、すぐ出て行ったのも……。
 彼女が部屋を出るとき、どんな顔してたのかってコトも……こいつはここから、全部見てたんだ。
 ムカついた。
 けど、それに気付いてねーのか、それとも気付いてても気にしねーのか。余計な事を言ってくんのが、このミズタニだ。

「でも安心したよ〜、何事もなくってさ〜。アベっちって意外に理性ある……」

「うるせーっ!」
 最後まで言わせねーように、殴って黙らせると、ミズタニが「褒めてんのに〜!」と喚いた。
 とてもそうは思えねーし、褒められるようなコトでもねぇ。
 なのに――何で、こいつがそんな嬉しそうに言うのか、オレには理解できなかった。

「もういい!」
 言い捨てて回廊から出ようとすると、ミズタニがオレの腕をぐいっと引っ張り、声を潜めて言った。
「明日辺り、毒。気を付けてよ」
 そう言う奴の左手には、またあの琥珀の指輪がはまってる。
 毒見は辞めたんじゃなかったのか?
「今まで大丈夫だったんだし、大丈夫に決まってんだろ」
 するとミズタニはまた「ホント、分かってないねぇ」と言った。
「女の執念はスゴイんだよ? ちょっと恥かかされたくらいでもさ、何倍もにして仕返しして来るんだから!」
 
 分かった風な口をきいてるが、出会ってから4年、ずっと修行修行だったハズのこいつに、女がどうとか言われても説得力ねーし。
 こいつの周りにいる女ったら、城のメイドか、仕事がらみで――仕事がら、み? で――?
 ――いや。
 いや、とにかく。
「ワケワカンネーこと言ってねーで。明日は晩餐の後、舞踏会だぞ。入れられもしねー毒なんか気にしてられねーっつの! どうしても気になんなら、その指輪を貸せよ!」
 けど、ミズタニは首を振った。

「無理なんだよね〜、これじゃ、感度良すぎちゃってさ〜」
「感度? って、ちょっとの毒でも反応を見せるってことか?」
 いい事じゃねーか、とオレが言うと、ミズタニは深くため息をついて。
「だからさぁ。ダメなんだって、あの毒花にも反応しちゃうんだから」
 と、困ったように肩を竦めた。

 あの毒花、と言われて、真っ赤な大輪の花を思い出す。あの、魔女姫の髪飾り。
 リコリス……。

「あれって、やっぱ生花か?」
 毎日毎日、朝から晩まで髪に刺してるのを見かけるから、もしや造花なんじゃねーかって疑い始めてた、けど。
「あれが生花じゃなかったら、逆に怖いよ〜。だって、食事中もそうじゃなくても、ず〜っと指輪は反応してんだもん。カワイイ子ネコちゃんの髪飾りが、微毒の元だって信じたいけどね〜」
「はっ」
 カワイイ子ネコって。どこをどう引っ繰り返しゃ、そう見えるんだっつの。今更言い繕わなくても、てめーが魔女呼ばわりしてることは気付いてっし。

「まー、分かった。皆が食べ始めてから口に入れるようにするわ」
 オレはそう言って、今度こそ回廊を出た。
 寝室への扉を開ける前に、ちらっと斜め上を振り向くと、まだ見張ってんだろうか、白いローブが垣間見えた。
 「おい」と手を上げて合図しようとして……直前で思いとどまる。
「……気持ち悪ぃ」
 男同士で、何しようってんだ。
 そう思うけど――。

 月明かりの下、夜空を見上げる魔法使いの、ここから垣間見える髪の毛は、いつもより少し明るく見えて――何でかな、胸が痛かった。

(続く)

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あきゅろす。
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