小説 3
オレとあいつと猫ガイド・6
「次はー、終点、8年後ー、8年後に到着します。お乗換えの……」
オレは猫に最後まで言わせねーで、「何で終点だよっ?」と怒鳴った。
猫は金色の目でオレを見た。
「お二人の道が、別れるかも知れにゃいからでございます」
何か言い返そうとする前に、車が急ブレーキをかけた。そして、いつものようにスピンして、扉がバカッと開いた。
着いた場所は、球場だった。
しかも、いきなり観客席だ。階段を踏み外しそうになって、ヒヤッとする。
大学野球? 公式戦か? かなり観客が入ってる。鳴り物も鳴ってる。
オレはどっちのチームだろう?
キャッチャーを見る。マスク越しだからよく分かんねーけど、背はそんな高くなさそうだから、多分オレじゃねぇな。
じゃあ、攻撃側か?
けど、マウンドを見て、ギョッとする。
三橋だ。
遠目からもよく分かる、白い顔。
ムカツクニヤニヤ笑い。
振りかぶって、キレイなフォームで投げた。空振り、ストライク。
オレじゃねぇ捕手からボールを受け取り、サインにうなずいて、また投げる。
何であいつ、オレ以外の奴に投げてんだ?
同じ大学行ったんじゃなかったんかよ?
だったら何で、オレ、同じチームにいねーんだ?
まさか、レギュラー落ちしてんのか? ベンチにはいるんだろうな?
道が別れるかも、って、レギュラーか補欠かって意味か?
ベンチの覗ける位置にまで移動しようとして……はっと立ち止まる。
未来のオレを見つけた。
観客席に座ってる。隣には、赤いワンピース着た女が座って、野球なんて興味なさ気に、ずっとケータイをいじってる。
未来のオレは、またあの悲しそうな顔をして、マウンドの三橋を眺めてる。
「何、で?」
オレは呆然と呟いた。
そんな顔するなら、何で、三橋の側に行かねーんだ?
そんな、球場に来て野球見ねーような女より、オレなら、マウンドで投げるエースを選ぶだろ?
投手なんて、やな奴ばっかかも知んねーけど!
でも!
未来のオレに、食って掛かろうとした時、後ろからシャツの裾を引っ張られた。
振り向けば、三橋がいた。
「ごめん」
三橋が謝った。
「オレのせいで、きっとキミは、野球、楽しくなくなった、んだ、ね」
三橋は、未来の自分の活躍よりも、オレの方を気にしてる。
未来の自分が、大学野球のマウンドに立って、堂々と三振取ってんのに、見向きもしてねぇ。
こいつの意識は、オレの方を向いてる。
未来も、きっと。
なのに、オレがそれに気付いてねーんだ。気付いてても、見ねーふりして避けてんだ。
三橋が言った。
「オレがやな奴、だから、きっと道が、別れるんだ」
いや、違う。多分。
「違ぇーよ!」
オレは叫んだ。
「違ぇ! 間違ったんだ! もっと他に、道はあるハズなんだよ! 他の未来があるハズなんだ!」
だって、猫は言ったじゃねーか、可能性の一つだって。
だったら、もっと別のオレ達がいてもいいんだ。
大体オレ達、まだ出会ってもねーじゃねーか!
そう思った時、また視界が暗くなった。
はっと顔を上げる。
またあのヘンテコな車の中だ。目の前には猫がいる。
けど、隣には誰もいねぇ。
何で?
猫が、ぺこりとお辞儀して言った。
「間もにゃくー4年後ー、4年後でございます。お降りの際は、お忘れ物ございませんようお気をつけ下さい。間もにゃく4年後に到着致します。扉開きます、扉にご注意下さい」
車が、ガクンと揺れた。
急ブレーキ、そしてスピン。遠心力に引っ張られるまま、扉に体を押し付ける。
そしてまたバカン、とドアが開いて、オレは地面に投げ出された。
「うわぁ!」
みっともなく叫んで、転がったオレのすぐ目の前に……え? 何で? 三橋がうずくまっていた。
さっきは、車の中にいなかったのに。
何で? 先に来てたんか?
三橋はぼんやりと、うらやましそうに、グラウンドを見つめてる。
その視線の先では未来の三橋が、オレを相手にブルペンで投げている。
「ナイスボール!」
オレの声に、未来の三橋がにかっと笑った。
それを見て、隣でうずくまってる三橋が、ため息をついた。
そうか、分かった。
三橋は、先に来てたんじゃねーんだ。
多分、さっき来た時から、ずっとここにいたんだ。
……オレ、忘れ物してたんだ。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!