小説 3
オレとあいつと猫ガイド・5
そこは、どこかの大学の構内だろうか。
かなり広い敷地に、複数の校舎が縦横に並んでいる。その合間のコンクリートの道を、たくさんの学生が行き交ってる。
芝生の中庭。あちこちに置かれたベンチ。
よく見ると、すぐそこに座ってんのは三橋だ。何かの教科書かノートかを、パラパラとめくってる。
以前より短く刈り上げた髪は、それでも柔らかそうに、光を浴びてきらめいてた。
と、オレの目の前を、更に背の高くなった未来のオレが、通り過ぎていく。
数人の男女と談笑しながら、そのまま三橋の座るベンチに近付き……足を緩めた。
三橋が顔を上げた。
オレに気付いたらしい、ふわっと笑って口を開く。
「あ……」
あべ、って言おうとしたんだろうか。
分からねぇ。
何でかっつったら、三橋はそれを、最後まで言えなかったからだ。
最後まで言わさず、未来のオレが、三橋を無視して通り過ぎちまったからだ。
こっから、未来のオレの顔は見えねー。
見えるのは三橋の顔だ。
未来の三橋はショックに青ざめ、ゆっくりとうつむいていく。
オレの方は、また楽しげな仲間の方に戻り、三橋から遠ざかっていく。
「ご、めんね」
不意に声を掛けられ、ギョッとした。
横を見れば、三橋がキョドキョドと視線を揺らし、右手で自分の胸元をぎゅっと握り締めている。
「何が?」
自分でも、冷たい声が出たと分かった。
三橋は「ひっ」と息を呑んで、でも、続けた。
「分、かんないけど、多分、オレがキミを怒ら、せた。オレ、いつもそう、なんだ。ちゃんとしよう、って、思うのに、ダメで。皆の事、い、苛々させたり、怒らせたり、で。実力ない、し、性格悪い、し、話し方もこんな、で、ヤナ奴、なんだ」
言う端から、涙がぽたぽたと落ちていく。
「西浦で、仲良さそうだった、のに、あんなになってんの、多分、オレが悪い、んだ。だから、謝っとく、ごめんなさい」
三橋は一方的に謝り、オレに深く頭を下げた。
オレはそんなこいつを見てらんなくて、向こうのベンチに目を向けた。
けど、向こうのあいつも……涙こそ流していなかったけど、見てらんねー顔してた。
違ぇーよ。
オレは、どっちの三橋に言ってやればいい?
悪いのはオレの方だろうって。
なあ。
オレは、オレの心が分かんねぇ。
だって、あの時、あんな悲しそうな目で三橋を見てたくせに。
なんでその三橋を、泣かせようって思うんだ?
突然、また視界が暗くなった。
体がグラッと揺れたかと思うと、オレ達はまたいつものように、ヘンテコな車に乗り込んでいた。
「お帰りにゃさいませ。ご見学はいかがでしたか?」
猫の言葉に、オレはぶっきらぼうに答えた。
「最悪だ」
すると、猫が笑った。
「あれは、未来の可能性の一つでございます」
オレの横では、まだ三橋がぐずぐずと泣いている。
車がまた、ガクンと揺れた。
(続く)
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