小説 3
漆黒王と幻の伴侶・7
ミズタニ抜きで、晩餐は無事に始まり、無事に終わった。
毒見がどうとか、物騒な事を散々言ってたけど……そもそも毒なんて入れられる覚えはねーし、気にし過ぎだったんじゃねーかと思う。
厨房には本来の毒見役みてーな係りもいて、オレに出す前にチェックもしてあるハズなんだし。その上で毒を疑うってのは、考えて見りゃ失礼な話だよな。
だって、それはつまり、城の内部の人間を信用してねーって事じゃねーか?
それでも一応、オレのボディーガード辞めるつもりはなかったみてーで、晩餐の間、大広間の壁際に白いローブが立っていた。
けど、やっぱ不満な顔してんのか、フードを深く被ってうつむいてる。
左手を見ると、あの大きな琥珀の指輪をしてなかった。毒見なんて嘘だったのか、それとも必要なくなったのか?
意地でも……手助けしねーつもりなのか?
フードを被って下を向いてる姿を見て、一瞬、ほんの一瞬だけだけど、悪ぃなと思った。
ミズタニと2人だけで食事すんの、うんざりだと思ってたけど、実は結構和んでたんだなと、2日目にはもう思い知った。
女達との会食の方が、何倍もうんざりだったからだ。
何しろ、全員がオレに話しかける。全く同時に。そして、女同士互いには、一切喋らねぇ。
順番にって観念も、譲り合うって心も持ち合わせてねぇらしい。3人の女は我先にとオレに話しかけ、オレの気を引き、オレに触ろうとした。
身分の高い姫君のくせに。
……いや、身分が高すぎて我がままなんかな?
オレもそういや、投獄される前までは――いや、裁定を受ける、まで、は――え、裁定? サイテイ? 『サイテーだ、よ』――いや。
いや。思い出さねぇ。無理に考えねぇ。
とにかく。即位前は。オレも、我がまま放題だった。
だからって、我がまま放題にされて許せるって訳でもねーけどな。
もう、「いい加減にしろ」とか「うるせー、黙れ」とか怒鳴ってしまいそうになるのを、ぐっとこらえんのも限界だ。
結婚したら……いや、結婚するつもりはねーけど。結婚したら……これから一生こんな調子で、うるさく付きまとわれんだろうか?
それとも、1匹だけになったら、少しはまともに話しができるんだろうか?
食事でこんなんなら、舞踏会はどんなんになるんだろうと、今からスゲー気が重い。
どういう順番でダンスすりゃいーんだ。誰を先に申し込むか?
3日目の夜には、3人の女に3方から引っ張られて、引き千切られて、ボロボロになっちまう夢まで見た。
また今夜も夢見が悪そうで、でも寝ねー訳にもいかなくて気が重い。
いつものように、ベッドで一汗かきゃいいんだと思うけど、その相手はどうすっか。
そうだな、例えば。我先に群がる女達より、まどろっこしいくらい、一歩二歩引いちまうような奴の方が好きだ。
オレから手ぇ引っ張ってやらねーと、表に出て来ねぇ奴。
私が私がって言うんじゃなくて、オレはいいからって――オレは、いい、から、って――オレ? は?
「くそっ!」
白い記憶を振り払うように、ブンと頭を強く振る。
白い布だ。白い布で、見えなくされてる。何もかも。多分。でも。
考えなきゃいいんだ。
考えるな。
そう思った時……。寝室のドアがノックされた。
「誰だ」
問いかけると、返事もしねーでドアが開く。
ミズタニか、と一瞬思った。だって王の寝室に、「入れ」とも言わねー内に名乗りもしねーで入って来るとか、こんな無礼な真似をするヤツ、他に心当たりなかったし。
けど……。
「陛下」
光沢のあるシルクのガウンを羽織り、優雅な足取りでこっちにまっすぐ向かって来たのは、魔法使いじゃなかった。女だ。
優雅な仕草で髪留めを外すと、頭上でゆるく留めてあった黒髪がぱさりと落ちて、豊かな胸元を艶やかに覆った。
オレをじっと見つめながら、色っぽく首を回して髪を背中に払う。その仕草が……全部、オレを誘ってる。
ミズタニが言うところの、女狐、だ。
確かに、一筋縄でいきそうにねぇ。
「何の用だ」
オレが冷たく尋ねると、女狐は艶っぽく笑って。
「女が忍んで来る理由なんて1つでしょうに。……お分かりになりませんか?」
そう言って、シルクのガウンを床に落とした。
はっと息を呑んだ。
もう1ヶ月近く、誰も抱いてねぇ体が突然劣情を思い出す。
白い、シミ1つなさそうな肌から目が離せねぇ。
女は、オレの視線に気付いて、ゆっくりと微笑んだ。
そのまま、こっちに歩いてくる。
オレに手を伸ばす。
裸の胸が目前に迫り、気付いたらベッドに組み伏せていた。
期待に濡れた目がオレを誘う。細い腕がオレの首に巻き付き、ねだるように引き寄せる。
オレは顔を寄せながら、豊かな乳房に手を伸ばして……その、柔らかさに。
ぞっとした。
違う、と思う。違う。違う。
オレは。オレの求めている肌は。違う。
今、この腕に抱きてーのは、白くて、すべらかで、もっと――もっと、何だ? 何だ? 何だった――?
急に起き上がり、跳ねのいたオレに、女がいぶかしげに声を掛ける。
「陛下……?」
オレはただ、首を振って、頭を抱えるしかできなかった。
いくら誘惑されたからって、それに乗ってベッドに組み伏せておいて、それでこんなのってねぇと思う。
殴られても仕方ねぇ。
けど、無理だ。
違うんだ。
「出てってくれ。悪ぃけど、無理だ」
女はしばらく黙った後……何も言わず、脱いだガウンを拾い上げ、腕を通しながら出て行った。
彼女はこっちを振り向かなかった。だから、彼女がどんな顔で部屋を出たのか……見ることはなかった。
(続く)
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