小説 3
潜入捜査は危機だらけ・14
目に入ったのは、紅いリボンタイ。
階段途中で引き倒され、逆さまに倒れながら、三橋は両目を見開いた。
受け身を取るのは、忍者としての当然の反射だ。
背中は打ってしまったが、頭にダメージがなければ、すぐに動ける。スカートをばさりと広げながら後転し、踊り場でまっすぐ立ち上がった。
そして、驚いた。
「その、格好」
女子の制服だ。
グレーのボックススカート。膝を少し越えてるのは、多分、野々宮の方が背が高いから。
リボンタイを飾ったブラウスの胸元が、すこし引きつれてるのは、彼女の胸の方が大きいから……というよりは、やっぱり肩幅や肉付きが大人だからだ。
盗んだ制服では……いくら体型が似ていても、自分の服にはならないのだ。
「怪我すれば良かったのに」
制服を着た大人の女が言った。
「スカートめくれてるわよ。スパッツなんかはいて、それでいやらしさを隠してるつもり?」
汚いものでも見るように言われ、三橋は慌ててスカートを直した。
カーッと赤面する。事実、三橋はスパッツで……男用の下着と、下着の中のモノを隠してるからだ。
その三橋の赤面を見て、美術教師はますます顔をしかめて見せた。
「すぐ赤くなるのも計算なんでしょう? 純情そうなふりして。いつも男の方ばかり見てるんですって? よその男友達と校門でいちゃついたり。阿部先生にキスを迫ったり! 色気のかけらもないくせに。いやらしい!」
昨日と同様、一方的に罵られて、三橋は冷や汗をかいた。
しかも、いくつか事実と違う。
「何よ、文句あるの?」
きつく睨まれては言葉に詰まり、キョドキョドと視線を揺らすしかない。
文句を言うどころか、どこを見ていいのかも分からなかった。
キレイに化粧した大人の顔か。
制服スカートからのぞく、ストッキングの脚か。
コドモっぽいリボンタイか。
衝動のままに行動する、コドモの心か……。
「私だって。私の方が、キレイなのに」
美術教師は、胸元に手を当てて言い募った。
「あんた達がチヤホヤされるのは、単なる制服マジックなのよ。女子高生の特権とか、女子高生だから許されるとか、そんなの幻想に過ぎないんだから! 同じ服着てたら、私の方が美人! 私の方がキレイなんだから!」
三橋は何も言えず、固まったままでぐるぐると考えた。
確かに、背が低くて可愛い顔立ちの彼女は、男の自分よりも女の服が似合う。制服だって、まあ似合ってる。
でも……だからと言って、盗んだ制服を着てる理由にはならないんじゃないか、とか。自分は女子の制服なんか着たくないんだけど、とか。自分が着たくない服を、来たがる人もいるんだなぁ、とか……。
そんなことをぐるぐると考えたけど、結局何も口に出せなくて、三橋は別のことを訊いた。
「そ、れじゃ、制服盗んだ、のは、そういう理由?」
「没収しただけよ!」
美術教師は、ヒステリックに応えた。
「あの子の制服姿は胸を強調してていやらしいって、職員室で評判だったから! 胸を強調して歩かないようにって注意したのに、改めようとしなかったから没収したの!」
でも、それでは……その没収した制服を着てしまってる意味が分からない、と三橋は思った。
思ったけれど、言わなかった。
多分、瑠里と一緒で……下手に矛盾を指摘なんかしたら、逆切れされて余計にうるさい。
三橋も少しは学習するのだ。
けれど……女心なんて、まるで考慮しない冷たい声が、その場に響いた。
「痛いな、あんた」
階上を振り仰げば、阿部が呆れた顔で立っていた。
「阿部先生っ」
美術教師の声が、ワントーン跳ね上がる。
阿部の冷たい声が、冷たい視線が、まるで気にならないのだろうか? 彼女は三橋の手を引いて、強引に階段を上らせ、阿部のそばに並び立たせた。
そして、甘えるように訊いた。
「ねぇ? 制服、どっちが似合いますか?」
阿部は冷たい顔で、三橋と女教師を一瞥し、「少なくとも、こいつには似合わねぇな」と言って、三橋のリボンタイをシュッと引き抜いた。
声を上げる間もなかった。
阿部はブラウスを力任せに引き千切り、ボタンが飛ぶのも構わずに、三橋の体から剥ぎ取った。
「せ、先生っ!?」
美術教師が、慌てたように阿部の手を引いたが、阿部はそれを冷たく払って、鋭い声で言い捨てた。
「黙って見てろ!」
ショックを受けたように、女教師が固まる。
代わりに喚くのは、三橋だ。
「わ、わ、わ、わ、ま、待っ……」
必死で抵抗し、ダミーブラを取られないよう頑張ったが体格も違えば力も違う。
あっという間にブラを剥ぎ取られ、それを無造作に捨てられて……現れたのは、隠しようのない真っ平らな少年の胸板だ。
美術教師と目が合って、カッと赤面する。
「お、とこ……?」
女教師は信じられない、というように首を振り、大声でキャーと叫んだ。
授業中の校舎に、金切り声が響き渡る。
それを合図に、たくさんの生徒や教師が、階段に集まった。
三橋は、人が来る前に、素早くスカートを脱ぎ捨てた。
スカートをはいた半裸の少年よりも、スパッツをはいた半裸の少年でいたかった。いや、半裸じゃなくて、ちゃんと服を着ていたかったが……。
ひょい、と阿部の肩に担がれ、それが望めないと、何となく悟った。
「先生、その生徒は?」
「せ、先生。何で制服を着て……?」
駆け付けた生徒や教師が、三橋や阿部や美術教師に、次々と声をかけた。
美術教師は、ようやく我に返ったらしく、「キャッ」と叫んでうずくまった。
けれど阿部は……思いつめたような、或いは怒っているような、理性を減らしたような顔をして、三橋を担いだまま、スタスタと廊下を歩いた。
そして、1年7組の教室を覗いて「自習!」と叫び……そのまま三橋を、数学準備室に連れ込んだ。
(続く)
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