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小説 3
潜入捜査は危機だらけ・13
 誰かに頼みたいことがあったから、2人が来たのは三橋にとっても都合がよかった。

 しばらく話してる内に、田島が校舎の方を見て「お、やばくね?」と言った。振り向くと、教師が一人、こっちに向かって走って来る。
 三橋はひっと息を呑んだ。
 阿部だ。怒ってる顔を、初めて見た。いや、それよりも……もう会いたくなんかなかったのに。

「オレ、行くっ」
 そう言い残し、三橋は姿を消そうとした。しかし、何故か泉に手首を掴まれ、邪魔された。
「泉く……」
 非難を込めて泉を見るが、泉はまっすぐに、阿部の方を見つめている。
「あいつか、キスマーク?」
 静かに訊かれて、三橋は顔を赤くした。

 やがて、阿部が校門前に到着した。
 カッとした様子で、三橋の手を掴む泉の手首を、さらにギュッと掴み上げる。
「手ぇ放せ!」
 阿部が大声で怒鳴った。
 初めて聞く大声に、三橋はビクンと肩を跳ねさせた。

「命令してんじゃねーよ、誰だお前?」
 泉が剣呑な声で言った。田島は黙って傍観してる。
「うるせー! いーからその手を放せ」
 余程の力を込めているのか、阿部の手はぶるぶると震えていた。

 泉と阿部はしばらく睨み合っていたが、やがて泉が、ちっと舌打ちして三橋の手を放した。
 その代わり、挑発するように口を開いた。
「ムキになんなよ、ヘンタイエロ教師」
「な、……んだと!?」
 阿部が眉根をギュッと寄せた。真っ黒な瞳が怒りに輝く。
 三橋はあわあわとして、声もない。けれど泉は怯みもしないで、更に言った。

「お前にとっちゃ、いつものお遊びかも知んねーけど。ダチ乗り捨てされて黙ってられる程、オレら人間できてねーかんな。いつか後悔させてやっから、覚えとけ」

「何……」
 反論しようとでもしたのか。阿部が口を開こうとしたが、それよりも泉が消える方が早かった。泉と同時に、田島も消えた。
 三橋も消えたかったが……阿部に腕を掴まれていて、無理だった。
 顔を見るまでもなく、雰囲気が怒っている。

「あの、放し、て」
 三橋が掴まれた腕を揺らすと、阿部は素直に放すどころか、逆に三橋を抱き寄せた。
 わ、と思った時にはもう口接けられていて、舌が乱暴にねじ込まれる。
 いつもより荒々しくて強引なキス。でも、夢中にはなれなかった。だってここは校庭で、正門前で、誰に見られるか分かったもんじゃないからだ。
「んん、んっ」
 唸りながら身をよじる。
 必死の抗議にようやく唇を離した阿部は、まだやっぱり怒った顔で、言った。

「さっきの時間、何でサボった?」

 三橋は阿部から顔をそむけ、端的に答えた。
「オレ、は、生徒じゃない。オレの仕事は、授業を受けることじゃな、くて、犯人の目的を探ること、だ」
 だから……。
「サ、ボりじゃない。仕事してた、だけ。先生にカンケーない」
 言いながら、涙ぐみそうになったので、三橋は更に顔をそむけた。
 阿部の手が緩んだ。彼が反論しないのは、自分の方に理があるからだ……と、三橋は思った。

 オレは間違ってない。
 先生が怒る方が、おかしい。

 三橋は大きく息を吸って、阿部の腕の中から身を消した。
 高くジャンプして塀を飛び越え、身を隠しながら素早く走って、再び校内に舞い戻る。
 一瞬だけ振り向くと、阿部は校門に手をかけて、うなだれるように立っていた。
 何だか胸が痛かった。


 弁当を食べに教室に戻る勇気は、ちょっとなかった。
 阿部が走って来たくらいだから、教室の中でも、誰か見てる人がいたかも知れない。
 泉や田島はホントに友達だし、話してるところを見られたって別に良かったのだが、阿部が乱入してからはマズイ。
 阿部は友達じゃないし……清い間柄じゃないし。しかも、この学校の教師だ。なのにさっき、自分たちは校門の前でキスをした。
 何の言い逃れもできない状態で、もし怖い女子達に囲まれてしまったら……そんなシーンは、考えただけでもぞっとする。

 残念だが今は、昼食を我慢しなきゃいけないようだ。
 幸いなことに、腹は減っていたが、胸はいっぱいで……まだ当分は食べなくてももちそうだった。


 昼休みの残りと掃除の時間、ついでに5時間目もサボって、三橋はそっと美術準備室を見張った。
 ただ、昨日今日起こった事件ならまだしも……もう数週間経ってしまっている。もう、美術準備室には何の証拠も残っていないだろう。
 だから、三橋がこっちで探る間、田島と泉には、美術教師の自宅アパートを調べてくれるよう、さっき頼んだ。

 6時間目は、体育だ。
 女子の人数が少ないので、9組と10組の合同体育になる。
 勿論、ホントに女子更衣室で女子に交じって着替えする気になれないので、当然6時間目もサボり、だ。
 丁度いいので、教室が空になるのを待って、弁当を食べようと思いつく。

 美術準備室が無人になるのは、いつだろう?
 美術の授業の時? でもそれは週末で、2日も後だ。
 じゃあ、部活の時……?
 一昨日のように、阿部にモデルになって貰って、指導に集中してもらえれば……その隙に……。

 でも、モデル、は。

『美術部員は、オレ好みの可愛い子ばっかなんだよ』

 阿部の嬉しそうな声がよみがえる。
 嬉しそうな顔が思い浮かんで、同時に甘い疼きが体の奥に火をともす。
 三橋はぶんぶんと、首を振った。

 もう会わないって決めたのに。
 もう抱かれないって。
 さっきだって、「先生に関係ない」とか言って、冷たく突き放したばかりなのに。
 
 ふと気付けば阿部のことばかり考えていて、そんな自分を否定するように、三橋はぶんぶんと首を振った。
 目を閉じて首を振った。

 だから、階段を上る途中で、誰とすれ違ったかなんて見ていなかったし、気にしてもいなかった。
 すれ違いざま、誰かに制服をギュッと掴まれ、後ろに引き倒されそうになるなんて……まるで思ってもいなかった。

(続く)

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