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小説 3
潜入捜査は危機だらけ・15 (完結)
 三橋は抵抗しなかった。
 肩に担がれて運ばれながら、そっと阿部の首に腕を回し、甘えるようにすり寄った。
 だって、最後だ。
 犯人も分かったし、理由も何となく分かったし、これで任務終了だ。もう、ここに通わなくていい。女装しなくていい。
 潜入捜査はもう終わりで……。

 明日からは、阿部の顔を見ることもない。

 数学準備室に入るや否や、阿部は三橋を床におろし、抱き竦めて口接けた。三橋もそれを素直に受けた。
 カチャリ、と鍵の閉まる音。
 と同時に、何者かの気配を感じ、三橋ははっと目を開いた。
 全身で緊張したのが、伝わったのだろうか。阿部はますます力を込めて、三橋の体を抱きしめる。
「逃げんな。好きだ」
 早口で囁き、また口接ける……その阿部の背後で、何か影が動いた。

「んんっ」

 キスされたまま叫ぶ。
 けれど阿部には伝わらなくて、次の瞬間、その影が阿部を蹴り倒した。
「やめてっ!」
 三橋は叫んで、阿部を庇うように両手を広げた。
 ちっ、と舌打ちして、倒れた阿部を見下ろしてるのは泉だ。

「な、んで泉君……?」

 勿論、彼がいることは気配で分かっていた。この部屋に三橋と同様、泉が簡単に忍び込めることも。
 けれど、何故そんなことをするのか……この部屋に忍び込み、気配を隠し、阿部を蹴倒したりするのか……それが理解できなかった。

「何でそんな格好なんだ? このヘンタイにやられたのか?」
 泉は、自分のワイシャツを素早く脱いで三橋に差し出した。
 三橋が困ったように眉を下げ、シャツを受け取らないでいると、泉は小さくため息をついて、それを三橋の肩に着せかけた。

 泉は優しい。
 優しいだけじゃなくて、時々厳しいけど、でもそれは全部相手の為なのだ、と三橋は知っていた。
 では、最後の逢瀬を邪魔しに来たのは……それが三橋の為だからか?
 ぽん、と優しく頭を撫でられ、三橋は黙ってうつむいた。シャツからは泉の匂いがした。

「くそ、てめぇっ!」

 阿部が、蹴られた脚を少し庇いながら、立ち上がった。
 泉は冷たく阿部を見て、見せつけるように右腕を上げた。
「さっきの礼だ」
 その右腕には、阿部が力任せに握った痕が、紫色に残っている。
「わ、そ、それ……」
 三橋が気付いて手を差し出したが、「どいてろ」と泉に軽く押された。

 代わりに、ぐいっと泉の胸ぐらを掴み上げたのは、阿部だ。
 泉は三橋より少し大きいが、阿部のような大きな男にとっては、多分同じくらいに見えるだろう。アンダーシャツを掴まれた泉の体は、すごい力で持ち上げられて、つま先立ちにさせられていた。
「誰が遊びだよ!」
 阿部が、大声で言った。

「誰が乗り捨てだって? ふざけたこと言ってんじゃねーよ、何も知らねーくせに! やっと見つけた理想の相手、誰が簡単に手放すかよ!」

 窓ガラスがビリッとするくらい、大きな声だった。
 三橋は驚いて息を呑んだ。

「信用できねーな」
 泉は逆に、静かな声で言った。
「三橋がいなくなったら、どうせすぐ新しい『理想の相手』見付けて、手ぇ出すんだろ?」
 阿部はぐっと喉を鳴らし、絞り出すような、低い声で言った。
「何だと、てめぇ」
 そして絶句した。

 三橋は二人の間に割り込めず、口出しも上手にできなくて、おろおろと立ち竦んでいた。
 どうして泉が、そんなふうに意味なく阿部を挑発するのか、分からなかった。
 泉のことは好きだけれど……嘘でもその場限りでも、「好きだ」と言ってくれた阿部の言葉を、今は大事にしたかった。
 喧嘩なんてして欲しくなかった。


 ふと、慣れた気配がして、つんつんと背中をつつかれた。勿論、気配の主は、振り向かなくても分かっていた。
「た、じま君」
 田島は、教室に置きっぱなしだった三橋のカバンと、階段に脱ぎ散らかしたままだった制服を、回収してくれていた。
「まあ、着替えろ」
「あ、りがとう」
 三橋はカバンの中から、黒シャツと黒ズボンを取り出し、素早く身に着けた。

 三橋が着替えるのを待って、田島が三橋の肩に腕を回した。
「報告、行こうぜ」
 促されて、はっとする。
 そうだ、仕事は終了で……調べて分かったことを、依頼主に報告しに行かなければ。
 でも……。

 名残惜しそうな三橋の視線に、気付いているのかいないのか、田島は強引に三橋を引っ張り、準備室の外に連れ出した。
「田島、君、オレっ……」
「いーから、任しとけ」
 誰に何を任すというのか。上手に訊けないまま、三橋は田島に付き添われ、依頼主に報告を済ませた。
「次は、本部にも報告だぞ」
 合流した泉と田島に、両脇をしっかりと掴まれて、連れ去られるように学校を去る。

 せめて一言「さよなら」を……。
 そう思って校舎の方を振り向いたけれど、明かりの点いた数学準備室の窓ガラスは、しっかり閉じられてて人影も見えなかった。
 見送りなんて期待してた訳じゃなかったけれど……あまりにあっけない別れに、ただ寂しくて、喉が鳴った。


 あの美術教師は、野々宮や三橋だけでなく、結局女子生徒全員のことを嫌っていたようだった。
 三橋に頼まれて、彼女の自宅を探った泉たちが見付けたのは、落書きされたり切り刻まれたりした、全員の顔写真だったという。
 クビになるのか、何かの処分を与えるのか、それとも全くお咎めなしか……理事長たちは、これから考えると言っていた。
 少なくとも、野々宮に謝るくらいはして欲しいけれど……部外者となった今では、気にするのもおかしいだろうか。


 里長に報告を済ませ、自分の部屋にこもった後、ドッと感情が押し寄せた。ぽろり、と涙がこぼれた後は、もう止まらなかった。 
「う、……っく。ふぅ、う」
 子供みたいにわあわあ泣く訳にもいかなくて、嗚咽を押し殺して苦しく泣く。
 たった3日、一緒にいただけなのに。
 どうしてこんなに恋しいんだろう?

 まだはっきりと覚えている。嬉しそうな声。嬉しそうな笑顔。
 少し意地悪く微笑み、三橋を追い詰めて喜んだり。三橋の内側を暴きながら、甘く切なく囁いたり。
 優しい顔も、意地悪な顔も、激しい様子も、穏やかな空気も、怒った姿も……全部が好きだった。欲しかった。

「会い、たい」

 泣き伏せてそう呟いた時……。

「会いに行けばいーじゃん」
 田島の声が、戸口から響いた。
「ふえ?」
 驚いて、素っ頓狂な声を出しながら、三橋は声のした方を見た。
 田島は引き戸を少しだけ開けて、にやにや顔を覗かせていた。
 田島が、もう一度言った。


「生徒じゃなきゃ会いに行っちゃいけねーのか?」


 そして、引き戸の内側に、何かをぽとんと投げて寄越した。
「それ、泉から。すっかり忘れてたってさ」
 涙をぐいっと拭いて、三橋は立ち上がり、それを拾い上げた。4つに折られたノートの切れ端。広げて中を見て、三橋はひゅっと息を呑む。
「こ、れ……」
 尋ねようとしたけれど、顔を向けた時には、田島はもういなかった。
 引き戸をガラッと開け、廊下に飛び出す。
 ぎゅっと握りしめた紙片には、四角い筆圧の高そうな文字で、「待ってる」と一言書かれていた。
 その下には泉の字で、小さく「行かなくていーんだぞ」って書かれてる。それが……泉らしくて、ちょっと笑った。


 数学準備室には、明かりがまだ点いていた。
 三橋はひらりとベランダに降り、窓ガラスをこつんと叩いた。
 すると、待ち構えていたように、性急に窓が開けられて……たくましい腕が、三橋を捉えて引き摺りこんだ。
「オレはいつでもここにいるんだぞ」
 三橋を痛いくらい強く抱き締め、阿部が言った。
「もう会いに来ないつもりだったとかさ、捨てられそうだったのはオレの方じゃねーか」
 冗談めかして言っているけど、声が震えてるのがちょっと分かった。

 帰る家も、連絡先も、何も教えてないのは自分だって一緒だったと、今更ながらに気が付いた。
 教えてもなければ、訊いてもいない。
 一緒なんだ。

「先生も、泣きそうだった……?」
 三橋がそう尋ねると、阿部は少し意地悪そうに笑って、「もう先生じゃねーだろ」と囁いた。
 それから抱き締められて、キスされて、あっという間に気持ちよくされて……。
 すぐに訳が分からなくされてしまったから。泣きそうだったかどうかの応えは、結局聞くことはできなかった。

  (完)

※くのいちまりお様:フリリクのご参加ありがとうございました。忍者学校パロでしたが、忍者&学校パロになってしまいました。お言葉に甘えて好きに書かせていただきました。ラスト、阿部が仲間になるまでなんかも書こうかと思ったんですが、なんかダラダラなのでやめました。気に入って頂ければいいのですが。
※ちょっと後半、描写やセリフを書き換えました。これでダラダラが少しでも減ることを願います……。

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