小説 3
オレとあいつと猫ガイド・4
未来のオレは、ぐっと手を握り締め、大声を出した。
「三橋ぃ! いい加減にしろ!」
未来の三橋は、その声にはじかれるように、オレの方を振り向いた。けど、それと同時にオレはというと、三橋に背中を向けている。
「機っ嫌悪ぃーなー、大丈夫か、三橋?」
三橋の肩に腕を回した、黒練習着の男が心配そうに言った。
「う、ん。阿部君、真面目だ、から」
違うだろう、と、オレは思った。
でも、未来の三橋には分からねーんだ。
「じゃ、オレ、行くね」
「おー、また後でなー」
黒練習着の一団が、口々に三橋に声を掛けた。
けど、やっと自分の元に、三橋が戻って来たっていうのに……オレは、にこりともしないで、他の奴と話してる。
三橋の表情は、こっからじゃ分からねー。
「なあ、」
オレは、隣で泣いてる方の三橋に顔を向けた。
三橋は、スン、と鼻をすすり上げ、グラウンドを見つめたまま、誰かの名前を口にした。
「修ちゃん……」
「シュウ? って」
それは、もしかしてさっき、肩を組んで来た奴のことか?
それとも、坊主頭の方か?
それとも? オレ以外の誰だ?
訊こうとして一歩踏み出した時、またもや視界が暗転した。
「待て、待ってくれ」
慌てて訴えるけど、もう遅くて、ガクンとつんのめるように体が揺れた。目を開けると、また元の、ヘンテコな車の中だった。
「お帰りにゃさいませ。ご見学はいかがでしたか?」
猫が言った。
はっと横を見ると、三橋がまだ泣きながら、でも、顔を上げて座ってる。
「お二人が野球辞めにゃいで、ちゃんと続けて、西浦高校でちゃんとバッテリー組めれば、さっきの未来に繋がります」
「ほ、んと?」
ひっく、としゃくりあげながら、三橋が訊いた。
「オ、レ、み、んなと、あんな風に、なれ、る?」
猫は神妙な顔でうなずいた。
「あれは、未来の可能性の内の一つです。お二人が野球辞めにゃいで、ちゃんと続けて、西浦高校でも野球部に入ってちゃんと頑張れば、さっきの未来に繋がります」
三橋はぶつぶつと、猫の言葉を繰り返してる。
「野球、辞めないで、続けて。西浦高校、で、頑張れば……」
泣いてばかりだった口元が、少しだけほころんだ気がした。
イラッとした。
「お前! 元チームメイトばっかかよ! 西浦ナインにゃ興味なしか!?」
オレは三橋の胸倉を掴みあげ、ぐいっと強く引っ張った。
すると三橋は「ひぃっ」と息を呑み、怯えた顔でオレを見た。縁を赤くした琥珀色の大きな瞳が、一瞬オレを捉え、そして下に向けられた。
オレに胸倉掴まれたまま、弱々しい声で三橋が言った。
「ごめんなさい」
ムカつく。
何でこいつは、謝ってばかりなんだ?
何で、未来のオレは……。
ちっ、と舌打ちを一つして、オレは三橋を突き放し、リアシートにもたれた。
もういい。
腕組みして、脚を組んで、目を閉じて。全部を拒否して、三橋にも猫にも、「もう話しかけるな」と全身で示す。
悔しかった。
未来のオレの気持ちに、気付いてもなさそうな、未来のあいつに腹が立った。
新チームでの活躍より、元の仲間との談笑を望んでるこいつにも、腹が立った。
今バッテリーを組んでいる、ノーコンオレ様ピッチャーを思い出して、また腹が立った。
やっぱ、投手なんて、やな奴ばっかだ。
三橋と猫が、何か話してんだろうか。ウゼー会話がぼそぼそと続く。
うるせー、つって怒鳴りたかったけど、でもそうやってムキになってるとこ見せんのもムカつくから、ひたすら無視することにした。
しばらくして、また車がガクン、と揺れた。
「間もにゃくー、6年後ー、6年後に参ります。停車時間は3分です。お降りににゃられます際は、足元にご注意下さい。間もにゃく6年後です。ドアから離れてお待ち下さい」
はっと目を開けたと同時に、車は急ブレーキをかけてスピンした。
そして、オレだけが外に放り出された。
(続く)
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