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小説 3
潜入捜査は危機だらけ・12
 路駐した車の中で、今朝閉じ込められそうになった事を阿部に話した。
 阿部は「へーえ」と笑って言った。
「嫌われたな、お前」
「きっ……」
 嫌われた、とか、そういう話なんだろうか?

「そ、れで、音楽の先生に怒られ、て」
 女子も怖いけど、女の先生も怖い。そう言うと、「そりゃ仕方ねぇな」と言われた。
 音楽室も音楽準備室も4階にあって、音楽教師は元々、4階から滅多に降りてくることはなかったという。
 それが、校内をうろつくようになったのは、事件の被害者……野々宮が、吹奏楽部員だったからだ。
 事件の日は、部活帰りだった。部活さえなければ、とか、先生が校門まで見送ってくれてれば、とか、その時は色々言われたらしい。ならば、同じ女である音楽教師が、女子の個人行動に厳しく当たるのは、仕方ないのかも知れない。

「あのヒス女とは違うさ」
 阿部はそう言って、また、くっくっと肩を震わせた。
 それは美術教師のことを言っているのか。仲がいいんじゃなかったのか。
「付き合ってる、て、最初思ってた。あの人、と」
 三橋がそう言うと、阿部は心底イヤそうな顔をした。

「はー? 何で女なんかと付き合うかよ」

 今となっては、そう言うだろうと分かっていた。阿部はそういう人間だ。
 でも……。
「も、モデルとか、よくやるの?」
 昨日美術室を覗いた時、半裸で嬉しそうにモデルをしていたのは何故なのか?
 すると阿部は、何でもない事のように、言った。


「美術部員は、オレ好みの可愛い子ばっかなんだよ」


 あの美術教師の逆ハーレムなんだ、とか。あの女はしつこく言い寄って来てていけ好かないが、美的趣味は一緒だとか……。阿部は他にも色々語っていたが、三橋の耳には入らなかった。
 ショックだった。
 ショックを受けてることも、ショックだった。
 まだ出会って2日目だけど……もう何度も貫かれて、彼の形を覚え込まされて。求められるまま、心も体も奪われてしまったのに。自分の気持ちはここにあるのに。

 阿部にとって自分は、たくさんの「彼好みの子」の中の一人なんだ………。

 三橋はシートベルトを素早く外し、助手席のロックを解いて、「オレ、帰る」と言った。
「え、おい?」
 阿部が手を伸ばすより早く、するりと助手席のドアから抜け出す。
 ひょいと高く跳びあがり、塀を超えて身を潜めた民家の屋根の上で、三橋は一度だけ振り返った。
 阿部は車から降りて、キョロキョロと周りを見回していた。



 潜入3日目。
 三橋は朝から阿部の顔を見たくなくて、こっそりと身を潜めて登校した。誰にも見付からずに校内に忍び込むことなんて、三橋には簡単にできる。
 数学の授業はサボってしまおう。
 もう、放課後あそこには行かない。
 こうして、三橋が接触を避けてしまえば……阿部との接点なんて、なくなってしまうのだ。

 捜査に集中しよう。早く終わらせよう。
 そして……早く忘れよう。

 胸の痛みを持て余しながら、三橋は4時間目、保健室に行った。教室では今頃、阿部が三橋のサボりに気付いてることだろう。
 その空席を見て、阿部はどう思うだろうか?


「失礼、します」
 保健室に入ると、「はーい」と元気な声が出迎えた。
 養護教諭は、共学化と同時に採用されたばかりの、新卒の女の先生だ。年が近いからか、女子との関係も良好だと聞いている。

 保健室には先客がいた。女子だ。
 さらさらまっすぐのポニーテール、ちょっと目立つメガネ……野々宮祥子だ。
 事件以来、ほとんど保健室登校だという。
 けれど、少なくとも三橋の見る限り、保健室では、和やかに過ごせているようだ。

「あら、あなた転校生ね? いらっしゃい」
 養護教諭は、にこやかに三橋を出迎えた。野々宮も、イヤな顔をしなかった。
 三橋が空いたイスに座ると、養護教諭が訊いた。
「ねぇ、阿部先生と仲いいって、ホント?」
「な……あ……」
 不意打ちで訊かれて、三橋はカーッと真っ赤になった。その赤面ぶりを見て、野々宮が「きゃー」と騒いだ。

「やっかみ、凄くない?」
「は、まあ。誰も口きいてくれなくな、って」
 ガールズトークのノリに戸惑いながら、ぽつりと呟くと、養護教諭は「違う違う」と首を振り、美術教師の名を口にした。
「あの先生、思い込みもやっかみもスゴイから! 階段とか突き落とされないように……ってのは、まあ冗談だけどさ。ねぇ?」
「ねぇ?」

 野々宮と養護教諭は、その後次々と話題を変え、楽しそうに喋っていた。三橋はやっぱりそのノリについていけず、曖昧にうなずきながら話を聞いた。
 訊きたいことがあったけど、やっぱり面と向かっては訊けなかった。あなたを襲ったのは、美術教師だと思いますか……なんて。
 物言いたげにしていたのが分かったのか、野々宮が三橋に笑いかけた。

「私もね、あの先生に怒られたことあるんだ。胸を強調させて歩いて、いやらしいって」

 胸――そう言われて視線を向けると、確かに野々宮の胸は、他の女子よりも大きめだった。三橋に比べて、は勿論だが、他の女子と比べても、かなり丸くて女らしい体つきをしている。
「い、い、いやらしく、ないよ」
 三橋が照れながらそう言うと、野々宮はにこっと笑って、ありがとうと返事した。



 昼休み、保健室を出て教室に向かおうと、廊下を歩いていた三橋は、遠くでかすかな笛の音を聞いた。
 呼子笛だ。
 はっと耳を澄まして、仲間からの合図だと悟る。山奥や海の上でも確実に情報伝達できるよう、仲間内で笛を使いあうことは、たまにある。
 今は……山奥とかではないけれど、授業中でケータイの電源をオフにしていたから、きっとそのせいなんだろう。

 笛の指示に従い、三橋は素早く校門に向かった。
 そこには、学生服を着た泉と田島が待っていて、走ってきた三橋に手を振った。
「よー、セーフク見に来てやったぞー」
 何か大至急の伝令かと思ったのに、無邪気にそんなことを言われて、一気に気が抜ける。


「結構似合うじゃねーか」
「三橋、かわいーじゃん」
 泉に額を突かれたり、田島に肩を組まれたり……。
「う、嬉しくない、よっ」
 赤い顔で文句を言ったり。

 昼休みの校門前で、よそ者とそんな風にじゃれ合うことが、どれだけ目立つことなのか。
 ……三橋は、分かっていなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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