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小説 3
暗黒の穴・5
 準備OK……。
 ケータイをパタン、と閉じて、オレは再び場末のサロン・バー、ツインスターズに入った。
「いらっしゃいませ」
 この前と同じ白スーツが、オレに柔らかく挨拶する。チャージ料5千円を払って中に入ると、三橋はまだ来てなかった。
 カウンターに千円札を出して、ウーロン茶を頼む。こんなソフトドリンクにも、ちゃんとまん丸のアイスボールが入ってて、感心する。

「あれ、今日はお酒じゃ、ないん、だ?」
 やがて現れた三橋が、オレのグラスを見て、からかうように言った。
「ああ。今日はちょっとな」
 三橋の顔をじっと見る。今日は……いや、あの白封筒の日もそうだったけど、真っ暗な目じゃなくて、ほっとする。
 これは多分、オレじゃなくて栄口のお陰、だ。

「行くか?」
 ウーロン茶を飲み干して声を掛けると、三橋がふん、と鼻で笑った。
 ああ、やっぱりまだそういう態度か。分かってたけど、ちょっと切ない。
 オレは三橋の手を握って、手をつないだまま店を出た。
 でも、行くのはあのボロアパートじゃねぇ。
「どこ、行くの?」
 三橋が足を止めて訊いた。
「すぐ分かる」
 逃がさねーよう、握る手に力を込める。三橋が「痛い」と文句を言ったが、すぐだから、と我慢させた。
 気がせいて、早足になる。三橋はすでに小走りになってる。場末の夜道をひたすら行くと、やがて小道から大通りに出た。

「おーい」
 声の方を振り向くと、紺のミニバンから手を振られた。
「え、どうして……?」
 三橋が、ミニバンの方を見て言った。
「よ、久し振り、三橋」
 ミニバンの運転席から、花井が手を伸ばして、三橋の頭を軽く小突いた。後ろのドアが自動で開けられて、3列目から田島が顔を出す。
「三橋、後ろ乗ろーぜ」
「うお、田、島君、と泉、君」
 田島に強引に引っ張られ、三橋はシートをまたいで車の奥に連れ込まれた。
 助手席には西広。残りの2列目には、オレと水谷と栄口。
「急だったから、全員集まるのはちょっと無理だったけどねー」
「ああ、でも、あんがとな」
 ドアが、自動でカチャリと閉まる。花井が、ゆっくりと車を出した。

「どこ、行くの?」
 三橋の問いには、田島と泉が応えてる。
「いーとこだぜ」
「おれらが揃って行くとこったら、一つしかねーじゃん!」
 後ろの方だけがうるさくて、たまに花井が声をかける。
「田島、声でけぇ。叫ぶな、気が散る」

 二年振りに集まったのに、いつものようなやり取りだ。集まんなくなったのは、オレと三橋が別れたせいで、つまりはオレのせいだから、オレが三橋からこんな仲間も奪っちまった事になる。
 独り、群馬に帰って、三橋は淋しかったんだ。オレのせいもあったけど、多分オレだけじゃ満たせねぇ。
 三橋の心の暗黒は、野球部全員で埋めるんだ。

 車は、24時間営業のバッティングセンターに着いた。
 三橋は、キン、キンと小さく響く、バットの音にびくりと震えた。
 そんな音からも、遠ざかっていたのかな。もう投げるのをやめたように。野球に触れれば、イヤでもオレを思い出すから。
 田島が、すっかり痩せちまった三橋の肩を、ぐいっと抱く。
「オレはゲンミツにホームラン狙うぞー。なっ?」
 今、三橋はどんな顔してんのかな。背中向けてっから分かんねー。けど、泉が優しく頭撫でてるから、やっぱ泣いてんのかも知んねーな。

 それから2時間ばかり、そこで全員が汗をかいた。そしてその後は、みんなでスーパー銭湯に行った。
 田島がいい年してはしゃぎ回り、花井を怒らせていた。それを見て、三橋も笑ってた。
 よかった、いつもの笑顔だと……ほっとした。
 オレは三橋の世話を泉と田島に任せ、なるべくそっちに近付かなかった。
 三橋も、オレの方を見なかった。

 オレ達の決着はまだ、これからだ。


 独り暮らしの、オレのアパートの前で、オレと三橋を降ろして貰った。
「三橋ー、また遊ぼうぜ!」
 田島に言われて、三橋がにこっと笑った。
「こっちに来てたんなら、声掛けてよねー」
 水谷に言われて、三橋が「うお、ごめん」と謝った。
「じゃあな、三橋」
 花井の言葉に、三橋が「ありが、とう」と答えて、手を振った。
 そんなささいな三橋の仕草が、嬉しくて切なくて、泣きそうになる。

 花井のミニバンを見送った後、オレは三橋の手首を握って、アパートの階段を登った。
 怖くて三橋の顔が見れねぇ。
 オレと二人っきりになった途端、あの暗黒の目に戻ってたらどうしよう。
 きっと今、緊張で手が冷たい。手を掴まれてる三橋には、それが分かってるだろう。

 オレの緊張を知って、三橋は何を思うんだろう。

(続く)

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あきゅろす。
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