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小説 3
漆黒王と幻の伴侶・5
 ミズタニに、黒曜石のブレスレットを渡されてから数週間が過ぎた。
 ヘッポコ魔法使いは相変わらずぶすくれてて、けど、オレがいくら邪魔者扱いしても、絶対に側を離れようとしなかった。
 夜、当てつけに女を呼んでやろうかとも思ったが、何でか、呼ぶべき女に心当たりがなくて――女に不自由はしてなかったと思うのに、その連絡先も名前も顔も、何一つ思い出せなかった。
 けど、じゃあ他の女を、って気分にも、何故だかなれねーでいる。

 小部屋の中にしまい込んだモノを取り出そうとして、いざ戸を開けてみたら、肝心の部屋の中は空っぽで、ガランとして何もない……例えて言うなら、そんなイメージ。

 普段の生活の中でも、そう感じることはたまにあった。
 それはホントに色々で、食事の際中だったり、玉座に座ってる時だったり、廊下を歩いてる時だったり。ふとした瞬間、無意識に、「そこにいて当たり前の何か」を目が探す。
 けど、視線の先には何もねーし、何がなくなっちまったのか分かんねーし。
 スゲーもどかしいけど、どう頑張っても、思い出せねーものは思い出せねー。
 そしてそんな時、決まって頭の奥の方で白い布がひらめく。
 その布がスゲーウザくて、だから似たような白い布をまとうミズタニを見ると、余計にムカついて仕方なかった。



 そうこうしてる内に、見合い相手の3人が国に集まる日は、目前になっていた。
 面倒くさくても、一応歓迎はしなきゃならねーらしい。大臣達と連日、歓迎パーティーについて議論すんのもマジウゼー。
 オレは玉座にもたれてため息をつき、ガリガリと頭を掻いた。
 見合いなんて形だけなんだから、大臣主導で勝手に招待して、数日もてなして、勝手に帰らせりゃいーと思う。
 どうせ、これでヨメを決めるつもりなんて――。

 え、ヨメを決めるつもり、なんて――?

 見合いなのに、何でオレ、最初から全員断ること前提なんだ――?

 右手を広げて見る。
 その手のひらに、朱い絵の具が付いたのは、肖像画を見た時だった、よな。
 その肖像画は、どうしたんだった?
 黒髪、黒い瞳の3人のヨメ候補――。ちらっと見ただけで床に――床に、放り投げた? のは、何でだったか――?

「内大臣」
 呼びかけると、「はい」と返事して、内大臣がオレの前に立って礼をした。
「あの肖像画、どうした?」
 確か内大臣に、3枚とも渡したハズだ。絵の具が付いたぞと言って、そして――。
 内大臣は「ああ」とうなずき、申し訳なさそうに言った。
「あの件は私の確認不足で、大変ご無礼を致しました。あの絵は3枚とも、白魔導師様が持って行かれたと聞いておりますが」
「白魔導師が?」

 オレは、玉座の左斜め後ろに控えてるミズタニを見た。
「おい、何か聞いてっか?」
「あー、アベ王の見合い相手の肖像画〜? それなら、とっくに師匠が燃やしちゃったと思うけど〜」
 ミズタニが、いつものゆるい口調で応えた。
「燃やした? 何で!?」
 するとミズタニは、やる気なさそうに「さあね〜」と肩を竦めた。
「メス猫と女狐と魔女だからじゃないのー?」
 そんな、シャレにもならねぇような皮肉を言って、白魔導師の弟子は、ふいっとオレから目を逸らす。

「てめぇ、ざけんなよ!?」
 ムカッとして玉座から立ち上がりかけるが、それを内大臣が「まあまあ」となだめた。
「お弟子殿も口が過ぎますぞ。白魔導師殿はあんなに――あ、ん、なに? いや――、ともかく、陛下も日頃から――あ? いや、ああ、年ですかな――?」
 言うべき何かを見失ったように、大臣は首をかしげて口ごもった。
「は〜い、すみませ〜ん」
 ミズタニはいつものように、ゆるく頭を下げている。

 それを見て、ふと――思い浮かんだのは、同じようにゆるく笑ってる姿。
『あのね〜、このお兄ちゃんはね〜、見習いになったばっかりで……』
 ごちんとオレの頭にゲンコツを落として、ぐいっと頭を下げさせ、て。
『すみません、すみません、すみません』
 見上げる笑顔。一緒にいたのは。
 あれは――。
 あれ、は――?

 何もかも分かったような気がしたのは、ほんの一瞬。
 ああ、と思った瞬間に、その「何か」は霧散して、頭の中から消えていく。
 何を――。
 オレは今何を、「ああ」と思ったんだ――?
 何を?


「陛下?」
 いきなり玉座から立ち上がったオレに、家臣どもが驚いて声を掛ける。
「お待ちください。どちらへ? まだ会議は……」
 内大臣が追いかけて来る。
 外務大臣も、財務大臣も、防衛大臣も。
 けど、それも閣議室の中だけだ。ドアを開けてまで追って来ない。
 追って来るのは……白魔導師の弟子、ミズタニだけだ。

 どこ行くの、とも訊かねーで、ミズタニは黙ってオレについて来る。
 もしかしたら、分かってんのかも知れねー。
 オレが求めてるもの。
 ガランとした記憶の小部屋にあったもの。
 オレが……皆が、失くしてしまってる「何か」。


 この城で、一番高い場所にある、魔法使いの塔。
 その入り口のドアを、オレはノックもしねーで開け放った。
「白魔導師!」
 返事はない。
「いるんだろう、出て来い! 訊きてーコトがある!」
 ズカズカと中に踏み込んで大声で呼ぶ。でも、返事はなかった。
 誰もいねぇ。
 甘そうなミルクティが、テーブルの上で湯気を立ててるのに。

「師匠に伝言があるなら聞くよ〜」

 ミズタニが、軽い調子で言った。
 オレは返事もできねーで、塔の部屋の中を見回した。
 本や書類の散らばったテーブル。
 整頓とは程遠い本棚。
 風にはためく生成りのカーテン。
 誰かの気配――。
 何で?

 何で視界が滲むのか、自分でも分からなかった。

(続く)

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