小説 3
漆黒王と幻の伴侶・4
いつものように城の屋上で、兵に交じって剣の素振りをしてる最中、何か気になって、魔法使いの座るテーブルを見た。
ぶすくれたヘッポコ魔法使いの顔見たって仕方ねーのに、何でか視線がテーブルを泳ぐ。
何で……何を捜してんのか。
いくら考えても思い当たらねぇって事は、どうでもいいってことか、まるっきりの気のせいか。
練習の合間にテーブルに近付き、水差しから直に水を飲みながら、何でか落ち着かねぇ気分になるのは、視線が定まらねーからだ。
オレはいつも、ここでこうして……水を飲んでる間、いつも。
何かを見てたんじゃなかったか――?
「おい」
オレはテーブルに、空になった水差しを乱暴に戻して、目の前の魔法使いに声を掛けた。
「えー?」
ミズタニは、ぶすくれたままで返事した。
っつか、仮にも自分が仕える国王に対して、その態度はねぇだろう。大体こいつは、――こいつは? ――まあいいや。とにかく。
「朝から不機嫌丸出しの顔で座ってんなよ。イヤなら塔に戻ってろ」
オレはそう言って、向こうにそびえる「魔法使いの塔」をあごで指してやった。
そもそもオレの親父が王だった頃、魔法使いのじーさんは塔から滅多に出て来なかった。それなのに何でこいつは、塔を出て城の中を勝手にうろつくんだろう。
けどミズタニは、はあーっと大きくため息をついて、やる気なさそうに手を振った。
「オレだって朝からむさくるしい光景見たくないよ。でも、しょうがないじゃん、師匠がアベ王から目ぇ離すなって言うんだからさー」
師匠、と言われて、ぱっと脳裏に浮かぶのは、親父の側近だった魔法使いのじーさんの顔だ。
けど、じーさんのローブは普通に黒かったのに、ミズタニのローブは白だ。それはこいつが、白魔導師の弟子だからで――。
白魔導師って、白いローブに――え? あれ? じーさんと同じ、白髪の老人だったか――?
あー、まあ、「大陸一」の魔導師なんて、偏屈で説教くさいじーさんに決まってっけどな。説教なんか聞きたくねーから、塔にずっと籠ってて貰って構わねーけど。
それにしても。
「何で目ぇ離すなって? 危険なんて何もねーだろ」
前にクーデター起こした、親の仇のバカ叔父は、まだ厳重な地下牢に入れて反省させっぱなしだし。白魔導師が後見についてんの広まってっから、戦争仕掛けてくるバカな国もねぇ。
善政しくにはムズカシイ事も多いけど、やり甲斐はあるし、国は平和だ。
別に、見習い魔法使いにボディーガードされなくても、安全は間に合ってる。
そう言うと、ミズタニはもっかい大きなため息をついて、「分かってないねぇ」と呟いた。
いつものようにミズタニと2人で朝メシを食った。
いつもと同じ、焼き立てのパンと、ベーコンエッグと、サラダと、牛乳、ヨーグルト。
で、ふと思ったけど。何でオレ、こんなつまんねー奴と二人っきりでメシ食ってんだ?
特に会話が弾むって訳でもねーし、喋ったら喋ったで、こいつ1人でうるせーし。
「なあ、メシ時くらい、そのぶすくれたツラ、何とかできねーのか? 見ててムカつくし、いっそ1人で食いてーんだけど」
嫌味ったらしく言ってやると、ミズタニはまた大きなため息をついて、「ダメダメ」と応えた。
「オレだってね、好きでアベ王に張り付いてる訳じゃないんだよ〜。仕事なの。毒見役。つっても師匠と違って、一目で毒を見抜くとかできないけどね〜」
毒見役?
けど、いくら同じモン食べてるからって……同じ皿から一緒に食べてるならともかく、同席してるだけなのに意味あんのか?
オレの問いに、ミズタニは左手に嵌めた、大きな琥珀の指輪を見せた。
琥珀――。
琥珀――?
何だろう。背筋がぞわぞわする。
「……琥珀が、どうかしたのか?」
「師匠から渡されたんだよ〜。毒に近付くと、白く濁るんだってさ」
ミズタニはいつもの軽い口調でそう言って、食いかけのメシの上に、ひらひらと左手をかざして見せた。
そして、オレの顔をじっと見た。
「欲しい?」
端的に訊かれて、「いや」と即答する。
別に、欲しくねぇ。こんな琥珀は――。琥珀なんか――。
そう思いつつ目が離せねぇでいたら、ミズタニがまた軽く言った。あげないよ、と。
「王にはこっち、預かってるからね」
ずいっと目の前に差し出されたのは、漆黒の石のブレスレット。
オニキスだか、黒曜石だかの、普通の――。
あれ?
オレ――そんな黒い指輪を、持ってなかったか?
黒曜石は、悪意や危険から身を守る、射手座の守護石だっつって――。
無意識に左手の薬指をさすってると、それに気付いたのか、ミズタニが言った。
「指輪じゃないんだよ〜。指輪は、お妃になる人に貰うべきだってさ」
「なんだ、それ?」
思わず訊くと、見習い魔法使いは「さぁね」と応えて、またぶすくれたツラのまま、朝メシの続きを食べ始めた。
オレは、ブレスレットをはめる気にもならねぇで、でも遠ざける気にもならねぇで。しばらく食事そっちのけで、その石の輝きに見入った。
何か忘れてるような、でも、もう空っぽになってしまったような、訳の分かんねー不安が満ちる。
けど、何なのかワカンネー。
何を忘れてしまってんのかも、やっぱり思い出せなかった。
いつものように仕事をこなし、いつものようにメシを食って、いつものように書類の山にサインした。
もやもやを抱えたまま、夜になった。
ミズタニは不機嫌な顔のままで、1日中オレの側にいた。
いつものように、1人でベッドに向かおうとして――ふと気付く。
「なあ、まさかと思うけど、寝る時もお前と一緒って訳じゃなかったよな?」
すると水谷は、心底イヤそうに、ふっと笑った。
「そうだね〜、メス猫とか女狐とか魔女とか連れ込んだりしないように、見張ってた方がいいかもね〜」
毒のある言い方に、ムカッとする。
「何だと、てめー」
そんなコト言われるのは、心外だった。
だって、誰がいつ、そんな真似を――。
いや、待てよ。そんな、真似を――したところで、責められる云われはなくねぇか?
オレは独身で。
国王で。
確かに見合いは控えているけど――。
王が寝室に連れ込む女を、メス猫呼ばわりって、なくねぇか――?
ミズタニはオレから目を逸らし、また一つ大きなため息をついた。
(続く)
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