小説 3
オレとあいつと猫ガイド・2
投げ出された場所は、球場だった。
川越……初雁……?
いや、ってか、何故か昼間になってっし。
しかも、春とは思えねー程暑い。セミが鳴いてる。うそだろ? 高校野球の地区予選やってんじゃねーか!
いや、でも、猫が喋ってんの見ちゃった後なら、もう何が起きてもおかしくねーよ。
そう思うと妙に肝が据わって、オレは球場の中に入って行った。
どっちを応援とかもねーから、バックネット裏に出る。
平日なんかな、外野はほとんどガラガラだけど、やっぱバックネットは結構な人だ。それでも、空席は簡単に見付かった。
6回の表、0対6。へえ、コールドコースだな。
西浦? あんま聞いたことねーけど……。
マウンドに立つ投手を見て、あれ、と思う。見覚えがあった。
……つか、さっきの奴に似てねぇか?
そう思った時、すぐ下のホームで、キャッチャーが叫んだ。
「6回、しまっていこー!」
その、声!
ギョッとして下を見る。
2番をつけたキャッチャーが、マスクをつけてしゃがんだ。たちまち主審の背中に隠れる。当然だけど、こっちから顔は見えねぇ。
見えるのは、ピッチャーだ。
遠目からでも色が白い。黒いキャップから覗く、薄茶色の髪。
妙にムカつくニヤニヤ笑いを浮かべながら、キャッチャーのサインに、こくりとうなずく。
ノーワインドアップから、キレイなフォームで投げる球に、そんな球速はねぇ、けど。
初球打ち、サードゴロ。次は三振。そして、ファーストフライ……。あっという間にスリーアウトチェンジって、スゴクねーか?
しかも、サインに首振らなかった。
何、あれ? リード通り、素直に投げてくれてて完封ってスゴクね?
主審の背中でよく見えねーけど、コントロールもよさそうだ。
あのピッチャー、名前、何?
スコアボードに目を向けると、同時にアナウンスが響いた。
「6回の裏、西浦高校の攻撃は、9番ピッチャー三橋君、背番号1」
「ウソ、だぁ」
泣き声に振り向くと、さっきのあいつが階段の途中に座り込んでいた。
やっぱ、あいつ、あのピッチャーなんだな。
さっきの猫が、2年後って言ってた。
2年後、あいつはあのピッチャーになるんだな。
そして……2年後、オレは……。
「三橋! ふざけんなよ!」
ベンチで叫んでる、あのキャッチャーになるんだ。多分。
だってスコアボードにも書いてある。6番阿部、背番号2、ってな。
いいバッテリーなのかな。いい関係だといいな。
少なくとも、マウンド投げ出さねぇ、責任感ある投手ならいいな。
どっかのオレ様投手みてーに、サイン無視とかしねーで、ちゃんとオレのリード尊重してくれて、そんで……。
キーン、と高い音が響いた。
三橋って名のピッチャーが打った球は、ショートの頭上を越えてヒットになった。
「ナイバッチー」
ベンチから、味方が声援を送る。
その声援を聞いて……階段にうずくまってたあいつが、ゆっくりと顔を上げた。
信じらんねーって言うように、ぼんやりと未来の自分を見つめてる。
「なあ、」
声を掛けようとした瞬間、いきなり目の前が真っ暗になった。
「お帰りにゃさいませ。ご見学はいかがでしたか?」
猫の声に、はっと前を向く。
あれ、さっきまで、真夏の野球場にいたはずなのに、元のヘンテコな車の中だ。
180度回転した助手席、その上に立って話す猫。真っ暗な窓の外、誰も座ってねぇ運転席。そして、隣でうずくまるあいつ……。
「なあ、さっきのって、ホントの未来?」
我ながらバカだな、と思いつつ、目の前の猫に尋ねる。
すると猫は、両前足を「お手上げ」ってみてーに挙げて言った。
「お二人の歩むであろう、未来の一つでございます。お二人が野球辞めにゃいで、ちゃんと続けて、ちゃんと西浦高校に入るなら……2年後は、あの未来に繋がります」
野球辞めないで。
そっか、オレ……ついさっきまで、野球辞める気満々だったよな。退団届けも出してやる、とか思ってさ。
はは、そうか、そうだよな。今辛くっても、2年後にちゃんと、いいピッチャーと「バッテリー」組めるんなら、辞めるなんて勿体無ぇ、よな。
あー……こいつも、もしかしてオレみてーに、野球辞める気だったんかな?
横でうずくまってる、ピッチャーをじっと見る。
「三橋、っていうの、お前?」
左手でそいつの右手を握ると、さっきちらっと感じた、投球ダコがよく分かった。
努力してる右手だ。
こんな固いタコ、あのノーコンオレ様ピッチャーにあったかな?
つかそれ以前に、あいつは自分のお大事な左手、こんな無防備に触らせたりしねーか。
「なあ、お前、どこの中学? 西浦高校ってさ、お前、聞いた事あった?」
なるべく穏便に話しかけると、そいつはブンブンと首を横に振った。
「さっきのお前、スゴかったな! 完封してたじゃん」
褒めたのに何でか、そいつは「ひぃっ」と肩を竦めて、「ごめんなさい」とか呟きながら、顔も上げやしねー。
何なんだ、変な奴。
しばらく黙ってると、そいつは静かに泣き震えながら、涙声で言った。
「お、オレなんかが、野球、続けちゃダメなん、だ」
だから野球はもう辞める……。
そいつの決心は、まだまだなかなか固そうだった。
(続く)
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