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小説 3
潜入捜査は危機だらけ・10
 潜入二日目。
 三橋は相変わらず女子に馴染めなかった、というかむしろ、完全に敵に回してしまった。
 隠されたハズのカバンを、平然と持って来てたのも悪かったし、それを隠していた女子達を、じろじろ見ていたのも悪かった。
 別に、文句を言おうとか因縁つけようとか、メンチ切ろうとか思っていた訳ではなく……単に、疑っていただけなのだが……とにかく色々悪かった。
 けど、一番の原因は、阿部だ。

「はよ、三橋。今日もキレーだな」

 朝、登校する三橋を校門前で待ち構え、皆の見てる前で、阿部がそんなセリフを大きな声で言ったからだ。
 そして、それに……三橋がバカ正直に、顔を真っ赤にしてしまったから、でもある。
 目立つことには慣れてない。いや、むしろ、捜査をするにあたって、目立っては困る。阿部だってそれを知ってるハズなのに、一体何を考えているのか?

 冗談ではなく殺気を感じて、三橋は休み時間、チャイムと同時に教室を飛び出した。
 誰にも見つからず、10分間時間をつぶせる場所なんて、そうは無い。
 トイレはもうこりごりなので、この際だから例の、女子更衣室の中に避難する。昨日は、阿部のこともあって、あまりじっくり見れなかったのだ。

 鍵は開いていた。
 シリンダーキーを開けるのはたやすいけれど、手間が少ないのに越したことはない。
 少し薄暗いが、照明は点けないことにした。
 入ってみて分かったが、ドアは2重になっていた。入ってすぐに手洗い場、そしてその奥に外開きのアルミドアだ。
 奥のドアから、ぐるっと中を見回す。
 男子の覗きを警戒したのか……窓は高く、小さい。その窓ガラスも擦りガラスになっていて、外から中は見えそうになかった。明かり取りだけの窓なんだろう。
 三橋のように身軽にジャンプできなければ、外から入るのは無理だ。

 では、逃げるのはどうか……?
 そう思って、さらに奥へと入った時だった。

 バタン!

 アルミドアが、乱暴に閉められた。
 はっと振り向いてドアに飛びつくが、鍵もかかっていないのに、開かない。モップか何かでつっかい棒でもされたか?
 三橋は迷わず奥に戻り、ひょいと窓にジャンプした。クレセント錠を瞬時に外し、音もなくガラス窓を全開にする。
 出られる。と、判断も一瞬。
 三橋は、するりと猫のように抜け出して、地面に飛び降り、木立の中に身を隠した。

 誰の仕業だろう? 何の理由だろう?

 油断なく周囲の気配を探るが、移動教室に急ぐ生徒や、体育の準備に急ぐ生徒に紛れ込み、何も分からなくなってしまった。
 やがてチャイムが鳴り、三橋も諦めて立ち上がった。
 更衣室の方を気にしながら、目立たない程度に廊下を走る。

「そこ! チャイム鳴ってるよ。急ぎなさい」

 誰かに声をかけられて振り向くと、若い女の先生が、渡り廊下から厳しい視線を向けていた。
「は、はい」
 三橋はぺこりと頭を下げ、走る足を気持ち速めながら、教員リストを思い浮かべた。
 

 この学校に、「若い女の先生」は3人いる。美術教師、音楽教師、そして今年雇われたばかりの養護教諭。
 さっき、三橋に注意したのは、音楽教師だ。
 音楽室だって専門校舎にあるのだから、本校舎と専門校舎を繋ぐ渡り廊下に彼女がいたって、おかしくはない。
 大体音楽教師は、共学化に賛成していたと聞いている。
 いや、事件の全てを共学化に結びつけて考えるのはおかしいけれど……。


 休み時間毎に、三橋はまた素早く教室を抜け出して、女子更衣室の様子をうかがった。しかし、少なくとも三橋が見ている間は、誰もそこに近付かなかった。
 昼休みの後に、掃除の時間を挟んでしまったので、モップのつっかい棒は掃除当番の手で片付けられた。
 中に「誰か」が閉じ込められていれば、多少なりとも騒ぎになったのかも知れないが、無人の更衣室に外からつっかい棒してあったって、精々「出しっぱなしなの誰ぇ?」と文句を言われるだけだ。

 騒ぎにならなかった事。三橋が脱出できてしまった事。
 犯人の思惑は外れたのだろうか?
 それとも、予想していただろうか?
 どうでもよかっただろうか?
 目的は何だったのだろうか?


 5時間目の数学は、うわの空で過ごした。授業中、こっそりと阿部に渡されたメモのせいだ。
――6時に待ってる――
 ドキンとした。

 分かっていた。また行けば、昨日と同じようになるだろう。
 イヤだと思った。怖かった。
 でも、嬉しかった。ぞくぞくする。

 そうだ、さっき閉じ込められかけた事を、阿部には報告しなくては。
 ちゃんとした口実を見付けて、三橋はほっと微笑んだ。抱かれに行くんじゃない、相談をしに行くんだと……自分自身に言いきかせる。 
 ふと顔を上げると、阿部と目が合った。

 阿部はまた嬉しそうに、三橋の顔を眺めていた。

(続く)

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あきゅろす。
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