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小説 3
漆黒王と幻の伴侶・2
 以前からそれとなくほのめかされてりゃ、もっとスマートな対処もできたのに……突然言われて「はあ?」としか返事できなかった。
 結婚話。
 と、いうか……見合い話になんのか?
「陛下もそろそろ20歳におなりでしょう。いつまでも独身でおられては、体裁が悪い」
 そう言って、家臣どもがオレの前に、女の肖像画をババンと並べた。
 ざっと30枚。

「いや、興味ねーし」
 オレが即答すると、それすら予測してたのか、家臣どもはひそひそ話し合って、30枚から3枚に減らした。
 おいおい、あっさり減ったじゃねーか。
「では、こちらで適当に決めさせて頂いてよろしいですか?」
 適当なんてことがある訳ねーだろう。絶対に、あらかじめ候補を決めてたに違いねぇ。
「いや、だから、まだ早ぇーって」
 慌てて断ろうとしたオレに、内大臣が言った。

「では、いつならよろしいので? 具体的には、何時間後とか、何日後とか、何週間後とか」

 年単位で待つって気はねーんだろうか。
 オレは気の利いた返答がとっさにできず、ちらっと玉座の左を見た。
 そこにいつも立ってるハズのミハシはいねぇ。今日も魔女がどうとか協会がどうとかで、忙しいとか何とか言ってたような気がする。
 ミハシがいりゃあ、軽く杖を振っただけで、興味のねぇ肖像画を煙にできるし、家臣どもの記憶を操作して、この件を忘れさせることだって出来んのに……。
 と、いうか。
 まさかと思うけど、ミハシの不在を見計らって、見合い話とか持って来たんじゃねーだろうな?

 オレ達がそういう関係だってことは、特に口外してねぇし、吹聴もしてねぇ。人前でイチャイチャしたりもしてねぇし、公私混同には注意してる。
 けど同じく、特に秘密にしてたって訳でもねぇ。
 だから、面と向かって何か言ったりする奴はいねーけど、知られてると思った方がいいんだろうか。
 でも、だったら余計に。オレもミハシも現状に満足してんだからさ、下らねぇ肖像画なんか見せねーで欲しーんだけど。
 オレが不機嫌そうにため息をついたのが分かったんだろうか。外務大臣が言った。

「大変申し訳ないのですが、肖像画だけで全員お断り、と申しますのも対外的にいかがなものかと。取り敢えず、このお三方をご招待して。おめがねにかなわなければ、その時はその時でお断りする理由もできますので」

「つまり、全員断んの前提で会うってのか?」

 オレがズバッと訊くと、大臣はごにょごにょと口を濁した。
「そ、そうハッキリ言ってしまわれては困ります。あくまで、可能性のお話でございます。全員お気に入られなかった、そういう事もあるかも知れない、と」
「はーん」
 どうやら失言だったらしく、外務大臣は他の奴らから、しきりにヒジ打ちを受けている。
 おっさんらが揉めてんのは、黙って見ててもオモシレーけど、オレはふと思いついて、条件を出すことにした。

「いーぜ、会ってやっても」

 途端に、家臣どもの目がキランと光った。
 オレも負けずにニヤッと笑って、たった今思いついた条件を言った。
「ただし、それでヨメを決めても決めなくても、今後50年、オレに一切の縁談を持ち込まねぇこと!」

「5……」
「50年……?」
 大臣達はぽかんと口を開けてたが、輪になって、しばらくこそこそ話し合った。そしてコホンと咳をして、オレに肖像画を押し付けた。
「分かりました、では、今回のご縁談の成否に係わらず、以後50年は一切、縁談ごとでお身を煩わすことのないように致します」
 そう言って、頭を下げたのは外務大臣だ。
 内大臣は、頭を抱えてる。

 まあ、役職が違えば悩みも違うよな。
 外務大臣は、とにかく現在の対外的な何かを処理するのが仕事で……その何かってのには、周辺各国から送られてくる見合い用の手紙とか、肖像画の処理なんかも含まれてんだろうし。
 むしろ、これで今後50年、肖像画を受け取らなくていいんだから、内心喜んでんじゃねーか?

 オレは手を軽く振って、大臣達を退がらせた。
 玉座の上に一人になってから、肖像画を見比べる。

 3人とも、黒髪に黒瞳。そういう外見が、この国にとっては大事なんだろうけど……髪型とドレスの色でしか見分けがつかねぇ。
 まあ、見分けつかなくっても別にいいか?
 どうせ義理と交換条件の為に会ってやるってだけで、本気で見合いするつもりなんかねーんだし。
 そうだ、誰とも結婚する気はねぇ。生涯愛するのは、ミハシだけと誓った。
 こんなもの……。
「地下牢のゴミと一緒に捨てて置け」

 オレは、誰にともなく呟いて、3枚の絵を床に放り投げた。投げてから……右手が朱く汚れてんのに気が付いた。
「うわっ」
 どれか、絵の具が生乾きだったのか?
 そんなに急いで描いたんか?
 それとも、みっともねぇ顔の修正でもしたか?

「おい、誰か!」

 大声を出すと、とうに出てったハズの、内大臣が飛んできた。
「おい、絵、汚れてたぞ」
 オレは不機嫌そのままの顔で、汚れた手を出して見せつけた。
「は? バカな。お……も、申し訳ございません」
 大臣は取り敢えず謝って、オレの手を自分のハンカチでゴシゴシ拭いた。
 けど、その大臣の右手も、よく見ると同様に朱く染まってた。

「ほら、お前の手も汚れてんじゃねーか」
 オレはからかうようにそう言って、ははっと声を出して笑った。
 大臣も……きまり悪そうに笑ってた。

(続く)

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