小説 3
暗黒の穴・1 (社会人・シリアス注意)
思い出すのは、白い肌。
少し高い声。しなやかな筋肉。強いまなざし。
そして、別れを告げた時に見せた、一瞬の絶望………。
高校時代、野球部でバッテリーを組んでいた三橋廉と、オレは何年も付き合っていた。
男同士だが、肉体関係もあったし、一時は一緒に住んでさえいた。密かに指輪も交わしていた。
けれど、数年間続いたその関係は、積み木細工のように崩れ去った。
原因は、オレだった。
就職して1年後、九州に転勤になったんだ。そしてそこで、浮気をした。
最初は、はずみだった。酒の勢いもあったし、遠距離恋愛の寂しさもあったと思う。
言い訳はしない。
一方的に、オレが悪い。悪かった。
相手の女に情が移り、三橋よりも大事になった。
今でも、三橋の絶望が忘れられねぇ。
一瞬見せた、真っ暗な目。明るい茶色の瞳の中に、暗黒の闇が浮かんで、消えた。
「幸せにね」
三橋はそう言って、泣きもしないで、薄く笑って。オレの転勤まで、二人で暮らしてた部屋を去った。
群馬に帰ったらしい、と噂で聞いた。
実家の事業を継ぐらしい、とか。
オレに、あいつの幸せを祈る資格なんてない。
けれど……せめて、心安らかであって欲しいと。
オレは、身勝手にも思っていた。
信じられない話を聞くまでは。
ボーイズサロン・ツインスターズ。
目的がなきゃ、とても一人で来られないような場末に、その店はあった。一応普通のサロン・バーのようだが、ゲイ売春の巣窟、らしい。
「いらっしゃいませ」
白いスーツの男が、穏やかな口調でオレを中に招き入れた。
予め聞いてた通り、入り口でチャージ料五千円を払う。
明朗会計、料金高めだけどぼったくり無し。栄口から聞いてた通りのようだ。
ここで三橋を見た、とオレに告げたのは、栄口だった。
何かの罰ゲームで、ここのコースターを貰って来るように、とか言われて入ったんだそうだ。そしてそこで――三橋を見た。
「でもあいつ、群馬にいるハズだろ」
「そうだけど、見間違えようがないよ」
栄口は、涙を浮かべてオレに言った。
確かめて欲しい、と。
それが義務だと。
「三橋は、真っ暗な目をしてた。真っ暗な目で、ふらっと来た男に肩を抱かれて、そのまま店を出てったんだ!」
三橋がそんな事になったのは、オレが三橋を捨てたせいなんだから、と。
カウンターで千円札を払い、ジンライムを注文する。
定番の広口グラス。ライムグリーンの酒の中に、キレイな球形の氷が浮かぶ。
――うお、まん丸だ、ね――
無邪気に喜ぶ声を、ふと思い出した。
ズキンと胸が痛む。
「三橋………」
あいつと過ごした数年間は、オレの中に確かにあって。忘れようとしても忘れられないで、時折こんな風によみがえってはオレを責める。
そして次に思い出すのだ、最後に見た、絶望の顔を。
オレは薫り高い酒をぐっと傾け、タン、とグラスをカウンターに置いた。
その時、はっ、と息を呑む音を聞いた。
振り向けば、やっぱり。懐かしい顔が立っていた。
三橋は太い眉を下げ、唇をへの字に曲げて、オレを見た。少し痩せたか、あごの辺りが鋭くなってた。もうその頬をつついても、ぷくぷくとはしてないんだろう。
「こんなとこで、何してる、の?」
三橋が、かすれた声で言った。
ああ、緊張してる。
それが分かって、分かる事に、胸が痛んだ。
「いい子いないかと思って」
オレがそう言うと、三橋がふと笑った。
嘲るように、蔑んだ目で。
「サイテーだ、ね」
静かに罵られ、オレも笑った。笑うしかねーだろう。
「そう、かもな」
三橋の手首を掴むと、記憶よりも細くてギョッとした。
もう投げてないのか。
それは何故だ?
三橋が真っ暗な目で、オレを見つめた。
(続く)
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