小説 3
皇孫一の宮の略奪・10 (完結・流血注意)
※一部、流血残酷シーンが含まれます。できるだけさらっと流してますが、苦手な方はご注意下さい。
繋いだ手が、名残惜しげに解かれた。
けど……これが今生の別れってんじゃねぇ。
奪われたら、また奪い返せばいい。それが盗賊だ。
「弓を降ろし、て」
皇子が凛とした声で言った。頭の中将が片手を上げ、近衛兵がそれに従い、弓を下に向けた。
「修ちゃん、約束、して」
ゆっくりと歩きながら、皇子が言った。
「村の皆に、手を出さないって、約束、して」
「ああ、勿論だ、廉」
中将は大きく両手を広げて、皇子を手元に招き入れた。
けど皇子は、オレにするみたいには、中将の元に飛び込んで行かなかった。その手前でぴたりと止まり、オレの方を振り向いた。
そしてふにゃりと笑って言った。
「愛してる、よっ」
その瞬間……中将の顔が、絶望に歪んだ。
いや、怒りだったのかな。嫉妬だったのかな。けど、そう思ったのは一瞬だった。
中将が叫んだ。
「その男を射よ!」
息を呑む暇も無かった。
叫ぶ暇も。
下に向けられていた弓が、一斉にオレを狙った。
「やあっ」
皇子が叫ぶのを聞いた。
ビビビビ、と弦音がして、ヒュヒュヒュヒュ、と風が鳴った。
避ける暇も、目を閉じる暇もなく――。
ドドドド、と鈍い音と共に、目の前で僅かに血しぶきが舞った。
と同時に、白くて柔らかなモノが、視界を塞いだ。
何かが抱きついて来た。背中に幾本もの矢を受けて。
その内の一本は、白い喉を貫通し。その先から、赤い雫を垂らしていた。
受け止めきれず、尻もちをついたオレの腕の中で、皇子がこぷっと咳をした。
オレは、大声で叫んだ。
「廉っ!」
叫んで、ガバッと身を起こす。
腕の中が空っぽで、一瞬状況が理解できねぇ。
見慣れねぇ場所、見慣れねぇ布団に、焦って慌てて立ち上がる。
「廉っ!?」
皇子がいねぇ。
オレの代わりに矢を受けた皇子が。
こぷっと、咳と共に血を吐いて、その薄い唇の端から、一筋、血を垂らしながら笑んだ皇子が!
「廉っ! どこ行った、廉!」
今しがた血しぶきを受けたハズなのに、手で顔をぬぐっても、名残すらねぇ。
どういう事なんだ!?
と、背後でカタン、と音がした。振り向けば、ユニットバスの白いドアを開けて、白いバスローブを羽織った皇子が……いや、違う……違う、こいつは。
「隆也? どうか、した?」
タオルを首に掛け、三橋がユニットバスから出た。ちょっと首をかしげて、濡れた手でオレの髪を掻き上げる。
その左手の薬指には、オレと揃いのプラチナリングがはまってる。
「ごめん、ちょっと寝ぼけたみてぇ」
オレは苦笑して、三橋をギュっと抱き締めた。
シャワーの香りがした。
首元に回される腕に、泣きそうになる。記憶に揺さぶられる。あれは夢じゃねぇ。
だって、憶えてた。あの夢の続きを。
頭の中将の絶叫を。オレの腕の中で冷えていく身体を。嘆きを。
「随分呑んでたもん、ね?」
三橋が抱きついたまま、くすくす笑った。
「呑まされたんだよ、お前のじーさんに。絶対認めんぞー、とか言ってさ。もう遅いっての。なぁ?」
縋り付く三橋をやんわりと引き剥がし、顔を寄せて口接ける。
記憶のままの甘い味。
ちょっとまだ混乱してる。今の自分がどっちなのか。
盗賊なのか、会社員なのか。
廉を失った自分なのか、手に入れた自分なのか。
昨日は、結婚式で――。
式場使って、ドカーンと、って訳にはやっぱいかなくて、群馬の三橋本家で内々にだったけど、それでも式は式で。
何より、両家の家族に、特に三橋のじーさんに、認められたってのが嬉しかった。
いや……ゼッテー認めねーとは言われたけどさ。でも、その場にいてくれて、オレに酒を注いでくれた。それだけで充分だ。
そんで、新婚初夜で――。ここは、うちの親父が手配してくれたホテル、だ。
もう初夜でもねーけど、ケッコンして愛し合って、初めて迎えた朝だ。望んだ未来だ。
夢中で口内を貪っていたら、三橋が「ふ、う」と甘く呻いた。
ズキ、と下半身が刺激され、誘われるまま首筋を舐める。
「なあ、廉……」
耳元で囁いた時、ドンドンドン、とドアが乱暴にノックされた。
誰だよ、こんな時間に? と思ったら、もう昼か。
忌々しく舌打ちしながら鍵を開けると、オレが「どうぞ」とも言わねー内に、邪魔者が入って来た。
「アンハッピーウェディーング!」
ふざけた事を言いながら、三橋に抱きついたのは、三橋の幼馴染の叶修吾だ。
片腕にでかい包みを持っていて、それを「オレの気持ちだ」と言って、三橋にぐいっと押し付けてる。
「しゅ、修ちゃん、これ何?」
三橋が早速、包み紙をビリビリ破ってる隙に、叶はオレの側に寄って来て、低い声で言った。
「てめー、廉を泣かしたら、来世まで祟ってやっからな」
なんだそれ、こっちのセリフだろ、とか思いつつ絶句してると、三橋が大声で「うおー」と叫んだ。
「修ちゃん、すごい! これ、ありがとう!」
それは何だか、叶によく似た顔をした、人の形の抱き枕で、三橋はその枕をぎゅっと抱き締めて頬擦りしてる。
「特注品なんだぞー。ちなみに廉バージョンは、オレんちにあるんだ。オレも大事にすっから、お前も大事にしてくれよ」
抱き枕特注って、お前、どんだけバカなの。つーか、廉バージョンって、何?
心の中で突っ込んでたら、三橋が元気に返事した。
「うん、オレ、毎日使う、よっ!」
もう黙ってられねーで、口に出して文句を言う。
「はぁ? ふざけんな、オレぁそんな変な枕とは一緒に寝ねーぞ。つーか、むしろオレが、サンドバッグとして使わして貰うわ」
「何だと、てめーには関係ねーっつの。オレは廉を祝ってんだよ」
「関係なくねーよ。廉を幸せにすんのはオレなんだっての」
そうやって文句を言ったり、言い返されたり。ふざけたり、怒ったり、小突かれたり。
三橋を挟んで、下らねー自慢し合って、そんで最後には笑い合ったり。
こんな感じで、オレと叶との間にも、確かに友情みてーなものは存在してて……。
ああこれも、望んだ未来なんだなぁと思った。
(完)
※めーりん様:フリリクへのご参加ありがとうございました。「前世で悲恋、今世でハッピーエンド」ちょっとラストがだらけたような気がしますが、いかがだったでしょうか。また気になる細部など、ご要望があれば直せますのでおっしゃって下さい。
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