小説 3
皇孫一の宮の略奪・9
「オレ、行く、よ」
皇子が震える声で、でもきっぱりと言った。
「行って、話して、みる」
話してどうこうなるようには、到底思えなかった。けど、「ああ」って言ってやるしかなかった。
行かさねぇように、組み伏せて身動き取れなくする事もできた。
反対に、行っちまえと突き放す事もできた。
けど、そうじゃねぇ。
皇子がオレに望んでんのは、どっちでもねぇんだ。
オレは皇子に手を貸して、立ち上がらせた。
ちゅっと軽く口接け、大丈夫だと笑ってうなずいて見せる。
皇子はオレの着物の裾をギュッと掴み、ふひっと笑った。
そして、二人、外に出た。
皇子の姿を見て、中将と近衛兵が、一斉に馬から降りた。皆、うやうやしくひざまずき、頭を下げる。
そっちこそ茶番だろうと思う。
この隙に花井が、村人皆を後ろに下げた。
油断なく、いつでも逃げれるよう、森の方に背を向けて。
一つ救いだったのは、花井も皆も、オレ達を恨んでねぇって事だ。
オレ達が前に出るにつれ、すれ違う皆が、オレ達の背や肩をポンと軽く叩いて行く。
最後に花井が、皇子に言った。
「オレらの命、一人で背負うこたぁねーんだぞ」
「う、ん」
うつむく皇子の頭を、花井が軽くゲンコツした。
それを見た頭の中将の目元が……一瞬ひくりと動いたのを、オレは見逃さなかった。
オレは皇子の右に立ち、手と手を絡め、しっかりと繋いだ。
その様子さえ、中将は気に入らなかったようだ。涼やかなつり目を吊り上げて、忌々しそうにオレを睨んでる。
もしかしたら中将も、オレと同じ意味で、皇子のことを好きだったのかも知れねぇ。
根拠もなく、そう思った。
家の為、泣く泣く引き離されたのかも知れねぇって。
けど、んなのオレの知った事じゃねーし。つか、欲しいならオレみてーに、奪えばよかっただろって思う。
「オレは、もう死んだまま、にして、くれ」
皇子が中将に言った。
「どうせ後ろ盾がない、なら、戻ったって役に立た、ない」
絡めた手を、皇子がぎゅっと握り締める。細かく震えてる。緊張してる。
中将は皇子に向かって微笑んだ。
「後ろ盾の事なら、心配ない。オレの妹を妃にすりゃいいさ。まだ6歳だけど、どうせ形だけだし、気にしないだろ? そしたら、オレとお前は兄弟になれる。ずっと側にいてやれるんだ」
皇子は首を振って、一歩下がった。
手はしっかり繋いだまま、オレの後ろに少し隠れる。
拒む気配に気付いたのか、中将がゆらりと立ち上がった。
そして、きつい声で言った。
「廉! 一年前の火事で、お前は記憶を失ったんだ。それを親切な村人に助けられ、身分を知らぬまま、ひっそりと生き延びてた! そう言う事にしてオレと来るか、お前をさらって殺した盗賊団を、義をもって皆殺しにするか! どっちがいいんだ!?」
中将がさっと手を挙げた。
その合図と共に、近衛兵が全員素早く立ち上がり、矢を番えた。
皇子は去年、言ってなかったか。貴族は弓矢を狩りに使ったりしないって。使う相手はヒトなんだって。
その言葉通り、近衛兵はためらうことなく、皇子にも、オレにも、オレ達の背後にも矢を向けている。
その威力を、皇子の狩りを見てるオレ達は、よく知っていた。
ただの脅しだとは思えなかった。
だって、中将が目を逸らさねぇ。覚悟の目だ。
やりたくねぇけど、やらなきゃならねぇ。だから心を鬼にしてやる、と、決めた目だ。
その覚悟は、皇子にも伝わったようだった。
ひゅうう、と音を立てて息を吸い、皇子はゆっくりとオレを見た。
でかい目に涙を溜めて、何か言いた気にぱくぱく口を動かして。けど結局何も言えず、繋いだ手と反対の腕で、オレの首元に縋りついた。
「アンタを愛してる」
オレも、自由な方の腕でしっかりと皇子を抱き締め、口接けた。
舌を割り入れ、唾液を味わい、皇子の舌を強く吸う。
「ふ、う」
皇子が甘くすすり泣き、オレの胸を焦がした。
なかなか終わらない口接けに、頭の中将が苛々と叫んだ。
「いい加減にしろ!」
やがて唇を離し、皇子がオレを見上げて言った。
「前、より警備は、厳しくなる、けど、また、さらいに来て、欲し、い」
オレは勿論、うなずいた。
(続く)
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