小説 3
潜入捜査は危機だらけ・6
何でいきなり、こんな目に合わされるのか。一体何を企んでるのか。
三橋はぐるぐると考えた。
さっき目が合ったせいか、水攻撃はぴたりとやんだ。けれど、まだ……阿部がそこに立ってる気がする。
待ち構えている。
何故……?
ともかく、このままでは風邪をひく。教室に戻ればカバンがあるし、その中には暗闇徘徊用の、黒づくめの衣装もある。
三橋は手早く服を脱ぎ、上半身裸になった。
男子トイレに、ずぶ濡れの偽女子高生がいるよりも、ずぶ濡れの半裸の少年がいた方が(多分)いい。
黒のボクサーブリーフと、「エチケット」だといって瑠里にはかされた、黒の短いスパッツのみの恰好になって、三橋は濡れた髪を掻き上げた。
いくら女顔の子供体型でも……上半身裸で、こうして額を出していれば、どこからどう見ても女には見えないだろう。
と、そう考えて、はっとする。
まさか、男だと疑われてて、それを確かめる為に服を脱がせようとした?
濡れた制服もダミーブラも、全部まとめて小脇に抱えながら、三橋はまた忙しく考えた。
まさかバレないよ、と思う反面、そりゃバレるよね、とも思う。バレたらヤバいけど、でもやりやすくなるかもな、とも思う。
こそこそ調べるより、本人にズバリ訊いた方が、誤解なく分かったりするし……。
そんなことを考えてると、外から阿部の声がした。
「出て来いよ、そんなじゃ逃げらんねーだろ、理事長の小犬さん?」
はっとした。
また、カマかけだろうか? それとも、何か知っている……?
三橋は慎重に、個室の鍵を開けた。
内開きのドアを少し引き、と同時に、ひょいと飛び上がって、上から阿部の後ろへと降り立つ。阿部が振り向くより先に手を伸ばし、彼の首根っこをぐいっと掴んだ。
「先生は、犯人を、知ってます、か?」
作ってない、素の声で三橋は訊いた。
「知ってると言ったら?」
どこまでも余裕を感じさせる声で、阿部が言った。
「言ったろ。訊きてぇなら、夜に数学準備室に来いよ。別に、今からでもいーけど、なっ!」
喋りながら阿部が、肘を思い切り後ろに突き出した。身長差のせいで、顔をかすめそうになる肘鉄をスッとかわし、三橋は大きく跳んで、トイレの窓から抜け出した。
窓枠をくぐる直前、背後でピカッと何かが光る。
カメラ、か?
あの教師は、いつの間にそんなものを用意してた?
三橋はぞっとして、けれど振り向かず、夕闇に紛れて1年9組の教室に戻った。
そして、愕然とした。
「嘘、だ……」
カバンがない。
盗まれた? まさか。教科書と筆記用具と、着替えしか入っていないのに。
阿部に? いや、それこそ有り得ない。
じゃあ、誰に?
ふと廊下の方で、数人の話し声と足音を聞いて、三橋は窓の外にひらりと飛び降り、ベランダの陰に身を潜めた。
間もなくカッと教室内に明かりが点り、クラスの女子数人が入って来た。
「どう? いる、三橋?」
「いなーい」
「なんだ、つまんない。泣き顔見れるかと思ったのに」
泣き顔、と聞いて、三橋は悟った。カバンを隠したのは、彼女達だ。
でも、何故?
まさか、先日の事件も……?
三橋がすぐそこに息を潜めてるとも知らず、彼女達は机に座り、騒がしく話し始めた。
「このカバン、どうする?」
と一人が言った。
どうやら三橋のカバンは、今、そこにあるらしい。
そのまま、そこに置いといてくれない、か、な。
三橋の願いも空しく、教室に、あの低い声が響いた。
「こーら、何やってる。用事無いなら早く帰りなさい」
阿部の声だ。
同時に、女子達の声がワントーン上がる。
「えー、やだー、先生のケチ!」
「ねー、先生の部屋、行ってもいい?」
すると阿部は、素っ気なく「ダメ」と言って、早く帰るよう、また彼女たちを促した。
「あ、先生。これ、預かって貰っていいですか?」
一人の女子が、そう言った。
これ、というのは勿論、三橋のカバンだろう。
「誰のだ? まだ校内にいるんなら、置いといてやった方がいいぞ」
阿部は、教師らしくそう言ったが……。
「転校生のです。もう帰っちゃったんじゃないかな、転校初日で、放課後に用事もないでしょ?」
誰かのもっともらしいセリフに、阿部ももっともらしくうなずいている。
「そうだな、じゃあ、これはオレが預かっとく。もういいから、お前らは帰れ、な?」
女子達は「えー」とか「はーい」とか口々に言って、騒がしく教室を出て行った。
バチン、と教室の照明が落とされ、阿部の気配も去って行く。
教室にひらりと戻って、自分の机を確かめてみるが、やはりカバンはそこになかった。阿部に持ち去られたのだろう。
うう、カバン……。
三橋は、鳥肌の立ち始めた腕を、両手でさすった。
(続く)
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