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小説 3
皇孫一の宮の略奪・8
 動揺する村人を掻き分け、花井が一番前に出た。
「村長の花井です」
 花井も多分、武器に気付いてる。
 油断なく距離を取りながら、馬上の中将に話しかけた。
「畏れながら、何のことか分かりません。この村には、そのような高貴な方は……」

 けど、全部言い終わる前に、中将が馬のムチを、花井に突きつけた。
「茶番はもういい! 無用な庇い立てはするな」
 花井は両手を上げ、数歩後ずさった。そして、改めて否定する。
「庇い立て、などと」
 けど、中将は誤魔化されてくれねぇで、厳しい声で言った。

「夏にここに役人が来ただろう! 他の村では褒美欲しさに、でたらめな事を言う輩が後を絶たなかった。しかしこの村だけは違うな? 誰も褒美に目もくれず、誰もでたらめを言わなかった。何かを知ってて隠してる証拠だろう!」

 はっと息を呑んだ。
 ハメられた!? いや、勝手にハマッちまったのか?
 花井も、そして村の皆も、同様に冷や汗をかいただろう。
 誰も、気の利いた反論ひとつ、できなかった。
 しん、と鎮まった村の中に、中将の声が響く。

「お出まし下さい、一の宮様。お迎えに上がりました」

 オレは、ギョッと後ろを振り向いた。
 納屋の暗がりの中、皇子は耳を押さえ、泣きそうな顔でオレを見てた。
 近寄って抱き締めると、皇子はオレの首に両腕を回し、肩口に顔をうずめて、「怖い」と小さな声で言った。
 守りてぇ。ゼッテーに守ってやる。
 オレは、皇子を抱く腕に力を込めた。

「お父上も、宮様に会いたがっておられます」

 皇子の体が、オレの腕の中でビクリと跳ねる。
 中将は卑怯だ。
 ずっと父帝のこと想って泣いてたこいつに、そんなセリフ言うなんて、卑怯だ。

「相次いで子と親を亡くされたお父上を、お側でお慰み申し上げなくて良いのですか?」

 皇子はオレに抱きついたまま、首を振った。
 ひっ、と小さくしゃくり上げる。
 皇子だって、ホントは父帝に会いてぇって思ってる。
 会って慰めてぇって思ってるさ。
 行って会って慰めて、そんでまた帰って来れるなら、いくらでも行かせてやりてぇよ! 
 けど、そんな訳にいかねぇんだろ!?


 しばらくの沈黙の後、中将の口調がガラッと変わった。
「オレが穏便に話してる間に、出て来いよ、廉」
 廉、と……一の宮の本名を呼んで、中将が言った。
「お前に悪いようにはしない。オレが昔みたいに、ずっと側にいてやるよ」


「修ちゃん……」
 皇子が小さく呟いた。
「ヒドイ、よ」
 オレは皇子を抱き締めなおし、柔らかな頭をそっと撫でた。
 今、オレしか聞いてねぇ皇子の本音を、中将にも大声で聞かせてやりたかった。

 一年前……オレがこいつをさらう前。こいつが死んだ事にされちまう前だったら、きっと皇子は中将のセリフに、泣いて喜んで応じたんだろう。
 けど、今は違う。
 皇子はもう知ってんだ。ホントの仲間、ホントの家族、ホントの友達がどんなんかって。
 それは、家や政治に左右されるモンじゃないんだって。

 守りてぇ。
 中将の豪華な短剣より、オレの胸を選んだこいつを。
 かつての幼馴染に怯え、自分をさらった盗賊に頼り、帰りたくないと訴えるこいつを。
 守りてぇよ。
 だけど。中将が大声で叫んだ。


「廉! 出て来ないなら、その気になるまで、ここにいるクズどもを、一人ずつ処刑する事になるぞ!」


 納屋の中。
 抱き締め合ってたオレ達の耳に、村人の悲鳴が聞こえて来た。

(続く)

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あきゅろす。
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