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小説 3
NEW!・2
 悪夢のせいで、いつもより早く起きちまったから、いつもより早く朝練に出た。
 一人でモヤモヤ抱えてるより、ボール磨きでもしてたほうがいい。
 集合時間20分前。てっきり1番乗りだと思ってた裏グラには、先客がいた。
 三橋だ。
 三橋は大事そうに何かを抱え、胸に当ててうつむいてる。


 何だ? 封筒……手紙か?
 ラブレターとか? いや、まさかな。


 ガシャン、と音を立てて自転車を停めると、三橋がびくっと振り向いた。
 まあ、こいつのビビリはいつもの事だ。試合中にさえ胆座っててくれんなら、オレは別にどーでもいーけど。
 つか、オレの声にビビらなくなっただけでも、オレとしては嬉しーからいーけど。

「……はよ」
「う、おは、よう、阿部君。早い、ね」
 三橋はどもりながら、抱えてた何かを、そっと自分のバッグに入れた。
 精一杯さり気なさを装ってんだろうけど、悪ぃが、バレバレだ。まあ、わざわざ指摘してやる程、意地悪な気分じゃねぇけど。
 ……むしろ、オレのが気まずいし。

「今日どしたんだ? 随分早ぇじゃん」
「う、ん。帰り道分かんなくて、オヤに迎えに来て貰った、んだ。だから自転車、榛名さんち、置いたまま、で」
「あー………」
 しまった、と思った。そうか、こいつには土地勘がねぇ。オレがついてってやらねぇと、一人じゃ帰れなかったんだ。
「悪ぃ、オレが一緒だったら良かったな」
 オレが謝ると、三橋はぶんぶんと首を横に振った。
「じゃあ、今日どしたんだ?」
「あ、オヤ、に」
 そうか、車で来たんだ。だから早かったんだな。
 オレは、ちょっと迷ったけど、言ってみた。

「じゃあ、自転車取りに行くの、一緒に行ってやるよ。行きは二人乗りすりゃいーじゃん」

 すると三橋は、ぱっと顔を上げて、「い、いいの?」と聞いた。
「勿論だろ」
 そう応えながらも、複雑だった。
 嬉しそうなのは、オレが親切に言ってやったからか? それとも、また榛名に会えるからか?
 あの悪夢がよみがえりそうで、オレはそっと奥歯を噛んだ。



 午後練習の中休み、おにぎり休憩の時だった。
「レーン!」
 聞き覚えのあるでかい声が、フェンスの向こうから響いた。
「うわ! ウソ!」
「何でここに?」
 部員みんなが騒ぐ中、三橋が嬉しそうに、そいつの元に駆け寄った。
「榛名さん! こ、こんばんはっ」
「おー」
 榛名はにかにかと笑って、三橋の頭をガシガシ撫でた。榛名の後ろには、眼鏡かけた捕手もいる。

「おら、廉。持ってきてやったぞ、感謝しろ」
「うお、す、すみません。あ、ありがとう、ございます」
 榛名は、三橋に自転車を渡した。行きはそれに乗って来て、帰りは多分、眼鏡の奴の後ろに乗るんだろう。
 三橋の目が、昨日と同じ、キラキラに輝いている。
「榛名さん、いい人っ」
 うっとりと呟く三橋に、榛名が何かの入ったレジ袋を差し出した。
「ほら、昨日の」
「あ、うお。お、オレも、も、も持って来て」
「いーよ、あのシャツ、お前にやる」

 シャツ?
 ドキンとした。
 レジ袋の中身は……まさか、三橋が昨日着てたシャツじゃねーのか?
 何でそんなもん、榛名が持って来る?

 参考書のお下がり貰いに行って、何で着替える必要があるんだよ?

 おにぎり食うのも忘れて、ぼうっとしてるオレに、榛名が言った。
「じゃーな、隆也。廉を泣かすんじゃねーぞ」
「はあ?」
 ワケワカンネー。何でそんな事、あいつに言われなきゃなんねーんだ?

 いつまでもいつまでも榛名を見送ってる、三橋の後姿にムカついた。



 黙って部室で着替えてると、田島の能天気な声がした。
「なーなー、さっき榛名に何貰ったんだ?」
「あ、うと、シャツ、だよ。昨日ちょっと汚し、て」
 三橋は説明しながら、スポーツバッグを漁って、でかいTシャツを取り出した。
 その時に、ぱさ、っと何かが床に落ちたのに、オレは気付いた。

 あ、と思った。今朝、大事そうに抱えてた封筒だ。

 三橋も田島も、他の連中も、三橋の広げたでかいTシャツに注目してて、封筒には誰も気付いてねぇ。
「うわ、さすがでかいなー。三橋、ちょっと着てみろよ」
 田島の声に、三橋は「うん」とうなずいて、上半身裸の上に、そのTシャツを被った。
 ぶかぶかのシャツを着た姿が、色っぽくて見てられねぇ。
 オレは動揺を隠すように、しゃがんでその封筒を拾おうとした。

 そして、息を呑んだ。

 封筒からこぼれてるのは、数枚の写真。
 写ってるのは、見覚えのあるユニフォーム。
 戸田北の……オレと榛名が一緒だった頃の……リトルシニアのユニフォームだった。


 榛名の写真だと、ピンときた。
 榛名の写真を胸に抱いて、こいつは、三橋は。

 ……祈りを捧げるように、うつむいていたんだと。

(続く)

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