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小説 3
くろがね王と黄金の王妃・14
 初めてこの腕に抱かれてから、それ程長く経った訳じゃない、けど。でも、あの日から今の今まで、王様の寝顔を見たことなんか、一度もなかった。
 オレは朝が苦手で、それは、王様がなかなか寝かせてくれないせいでもあったけど……でも王様はいつも、早起きだった。
 オレが起きる頃には、王様はもう剣の稽古を済ませた後だったり、閣議の最中だったりもした。

 それなのに……一体どうしたんだろう?

 オレは、オレをゆるく抱いたままで眠る、王様の寝顔をまじまじと見た。
 深く眠ってる。
 安心したような、安らかな顔。
 でも、端正な切れ長の目の下は、よく見れば濃いクマができてて、ひどく疲れてるみたいだ。
 あまり寝てなかったのかな?
 もしかして、不眠不休で、すっごい急いで帰って来てくれたのかな?

 大きくて、堂々としてて、背筋を伸ばし、胸を張り、大股で歩いてる王様。
 優しくて、情に厚くて、でも必要があれば、冷徹に剣をふるうこともできる王様。
 いつも前を向いて……足元を見たり、後ろを振り返ったりなんて、しないと思ってた。でも。

「王様……」
 
 無精ひげの生えてる顔に、そっと触れる。
 なりふり構わず駆けつけてくれたのなら、嬉しい。
 オレにとって、王様はかけがえのない唯一の人だけど……王様にとってのオレも、そうであって欲しいなって思う。

 ずっと王様の腕の中で、その珍しい寝顔を眺めていたかったけど、やがて寝室のドアが控えめにノックされて、その音で王様は起きてしまった。
 今まで寝てたのが嘘みたいに、パッと目を開けた王様は、ガバッと体を起こしてオレに気付き、「悪ぃ、起こしたか?」って言った。
「いえ、起きてました」
 寝顔を眺めて、触ってました……なんて、心の中でしか言えないけど。
 オレがふひっと笑うと、王様は嬉しそうに、格好いい顔をちょっとしかめた。

「そんな顔すんな。起きれなくなんだろ」

 そして、そう言って、オレに優しくキスをした。



 久し振りに王様と朝食を食べた後、支度を整えて、謁見の間に行った。
 オレの首には、締められた手指の痕が痣のように残ってたから、それを隠すように、服と同布の帯をまいて、リボンかスカーフのように見せかけた。
 お陰で、誰にも何も言われなかったし、不審そうな顔もされなかった。
 こういうゴタゴタは、知られない方がいいもん、ね。

 すっかり顔なじみになった隣国の使者は、王様の姿を見て、すごく驚いた顔をした。
「花火を見ようと、急いで帰って来た。素晴らしい催しだった」
 王様は、そんなふうに言った。
「王妃様の憂いが晴らされましたなら、本望でございます」
 使者はオレの顔を見て、優しい口調でそう言った。
「ありが、とう、ございました」
 オレは微笑んでお礼を言って……それから、ふと思い出した。

 憂いって、後宮の話だよ、ね。
 姫君達は……どうなったのかな? 北隣の国の王女は?
 王様が何も言わないってことは、無事に解決したんだと、信じてていいのかな?
 いいんだよね? だって、王様は……オレに謝ったりしてないし。後ろめたくも何も、思ってなさそうだもん、ね?
 昨日あんなに、優しく強く抱いてくれた、し。いつも通りの王様だったんだから……。
 信じていいんだよ、ね?
 

 謁見の間を退出した後、医務室に行って、チヨちゃんやハナイ君、イズミ君を見舞った。
 チヨちゃんは打撲だけで済んだみたいで、明日からは仕事できるって、元気そうにしてた。
 オレは、チヨちゃんの両手をぎゅっと握って、お礼を言った。
「庇ってくれて、ありがとう。お陰で、無事でした」

 オレの頬の傷を見て、チヨちゃんはすまなそうにしてたけど、首の痕には気付かれなかったみたいで良かった。
 明日には気付かれちゃうのかも知れなかったけど、これはチヨちゃんのせいなんかじゃいんだから、せめて医務室にいる間だけでも、何も知らないで休んでいて欲しかった。

 ハナイ君とイズミ君は、ともに包帯でぐるぐる巻きになっていた。
 傷のせいか、熱が出ちゃったみたいで、イズミ君はぐったりと寝込んでいた。
 ドサッと音がして振り向いたら、寝てたハズのハナイ君がシーツごと下に滑り降りて、床にひざまずいたので、すごく焦った。
「ね、寝てて下、さい。怪我、ヒドイ、のに」
 すると、ハナイ君はいつもの真面目な調子で頭を下げた。
「はっ、もったいないお言葉です」
 そんな……怪我人を見舞って、逆に気を遣わせちゃったんじゃダメだ。

 オレがおろおろしてるのが分かったのか、キクエさんが大声で笑った。
「うちの子なんて丈夫なだけが取り柄なんですから! 王妃様が気にされることは何にもありませんんよ」
 そう言って、息子であるハナイ君の頭を、手のひらでパチンと叩く。
 横にいたケイコさんも同様に、「うちのもそうですよ」と笑った。
「熱出しちゃうなんて、まったく。偉そうなこと言っても、まだまだ子供なんですよ」

 2人のお母さんたちは、そう言ってケラケラ笑い、当の息子のハナイ君は、一人で反論もできないで赤くなっていた。
 親子っていいなぁって、やっぱり思った。
 親を欲しがって泣いた時期なんて、とうの昔に過ぎちゃったけど、いいものは素直にいいなぁって思いたい。
 物心つく前から、オレは旅芸一座の一員で……置き去りにされた子なのか、誰かの隠し子だったのか、街で拾われて加わった子なのか、知らされることは結局なかったけど。
 もしオレの生みの親がどこかにいて、オレがこうして王妃になって、幸せに暮らしてるなんて知ったら、どう思うのかな、って、ちょっと思った。



 湖の管理人は、死体で見付かった。
 でもそれは、オレの知ってる管理人じゃなかった。

 汚れたボロい服を着て、管理人のフリで、オレに平伏して見せた……手も顔もきれいな男は。
 オレの首を締めようとした男と、一緒にいた男は。
 湖のほとりの林で、弓を持つ数人の仲間を全員殺し、ボートで逃げようとしていて捕まった。

 そして、尋問の最中に、
「大臣に頼まれた」
 と言って、自害した。


 それを聞いて、ああやっぱり、とは思わなかった。
 嘘だと思った。

(続く)

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