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小説 3
係長とオレ・6
 オレの上司の阿部係長は、仕事ができて、出世頭で、人望があって、格好いい。
 顔も格好いいけど、背も高くて肩幅広くてスーツの似合う体型で。それに何より、仕草がスマートで格好いい。
 書類を速読でパラパラ読んでる仕草も。
 左手で電卓打ちながら、右手でサラサラ書き込んでる仕草も。
 パソコンから目を離し、ふうっとため息ついて、目元を覆う仕草も。

 キスの仕方も………。


「三橋っ!」
 ぼーっとしてると、いきなり名前を呼ばれた。
「は、はい!」
 係長が片手を上げたので、オレはさっと立ち上がり、素早く彼のデスク、へ、とっ!
「うおわっ!」
 キャスターチェアーに足を引っ掛けちゃった! お、っと、っとバランスを崩し、慌てて何かに縋りつく。
「きゃっ」
 その「何か」が叫んだので、「うお」っと手を離したら、女子の先輩だった。

 うわ、どうしよ。な、なんか柔らかかったけど。
 カアッと真っ赤になりながら、オレはガバッと頭を下げた。
「す、すみません。すみません」
 90度に頭を下げて、必死で謝ってると、先輩が言った。
「もうー………。三橋君! 罰としておやつ無し!」
 うわわ。そ、そんな。
 でも、よ、良かった。あまり怒ってない、ぞ。

 そーっと顔を上げると、先輩は腕組みして怖い顔で、でもちょっと笑って、オレを見てた。
「ホントに、すみません、でした」
「気をつけてよ」
 先輩はグーで、ポコン、とオレの胸に軽くパンチした。

 と、突然、耳がぐいーっと引っ張られた。
「ういっ!」
「バカやってないで、呼ばれたらすぐに来い!」
 か、係長がオレの耳を引っ張ったまま、無理矢理デスクまで連行してく。
「い、い、痛いですーっ」
 ちらっと見たらさっきの先輩は、オレの方見てくすくす笑ってた。
 うう、痛いよ。恥ずかしいよ。

 じんじんする耳を押さえながら、係長の前に立つ。
「真面目に仕事しねーと、今日、連れてかねーぞ」
「うひっ」
 今日は、この間模様替えを手伝った店舗の、セールの打ち上げ、だ。オレも係長も呼んで貰えてて、仕事終わったら店舗前に集合、だって。楽しみだな。
「え、宴会!」
「反省会、だ!」
 係長はオレのセリフを訂正して、ゴン、とゲンコツをくれた。
 うう、さっきから痛い。


 係長、もしかして機嫌悪い、かな? 何で突然? お昼一緒に食べた時は、普通だったのに。
 ……形のいい眉の間に、不機嫌なしわが入ってる。
 うお、オレ、目立たないようにしない、と。

 け、けど、何でかな。オレ、ちゃんと真面目に仕事したのに……それから終業時間までずっと、係長に怖い目で見られてた。



 電車に乗って移動してる間も。宴会……じゃなくて反省会の間も。係長の機嫌はビミョーに悪いままだった。
 他社の人や、お店の人と話してる時は、普通なんだよ。
 普通に格好良く笑ってるし、普通に格好良く食べてるし。
 でも、オレがよその若手の人とかと話してると、必ず、良く通る声でオレを呼ぶんだ。

「三橋ィ!」
「は、はいぃ」
 あう、また呼ばれた。でもまた、どうせ用なんかないんだよ。さっきから何回も、側に行くたびに「呼んだだけ」って言われてる、んだ。
 もう、いちいち行かなくていいかな。
 そう思って、体だけ係長の方に向けると、来い来いって手招きされた。

 う、もう。また「呼んだだけ」だったら、怒ります、よー。
「何、ですかー」
 隣に行くと、係長はちょっと酔ったみたいに目元を赤くして、ぐいっとオレの首に腕を回した。
 う、わ、わ。
 上等なスーツの生地が、オレの頬をこする。

「てめー、今日は帰さねーからな、覚悟しろ」

 うわ、か、絡み酒?
 でも、まあ、明日は土曜だし。特に週末用事もないし。
「分かってます、よー」

 オレは適当に、返事した。

(続く)

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あきゅろす。
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