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小説 3
皇孫一の宮の略奪・5
 皇子はゆっくりと、オレ達の村に溶け込んでいった。
 時に狩りをしたり、弓の稽古をしたり。
 水汲みや薪割りも進んでやるし、頼まれれば、クワを振るう事もあった。
 皇子の気さくな様子に、子供たちも少しずつ懐き始めた。
 初めて水田に入った時は、3歩も歩かねー内にすっ転んで、泥だらけになって笑ってた。
 そのままガキどもと泥遊び始めたのはいいが、それがやがて泥合戦になったんで、ガキどもと並んで、花井にゲンコツ食らってた。

 それでもその肌は、相変わらず白く、キレイなままだった。
 オレは毎晩皇子を抱いた。
 皇子は一度も拒まねーで、毎晩オレを受け入れた。
 好きか、って訊かなくても、「好き」って言ってくれるようになった。
 オレの上にまたがって、自分で動いてくれることもあった。


 ある日、皇子に訊いてみた。
「オレに抱かれるだけじゃなくて、たまには女とか抱きてぇって思わねーの?」
 すると、皇子は意外にも「ダメだ」と言った。
「女の人は、絶対、ダメ」
 自分は表向き、死んだ事になってるけど……実は生きてんだって、近しい者は知っている。だから、万が一にも、子供なんか作る訳にいかない、と。

「だって、狙われちゃうよ」
 殺すか……或いは、利用しようと連れ去るか。
 どっち道、トラブルになんのは避けらんねぇか。
「だから、オレの血筋は、絶えた方がいい、んだ」
 皇子は眉を下げて寂しそうに微笑み、くてんとオレに寄りかかった。
 甘える様子が可愛くて、抱き寄せて抱き締めて、唇を重ねる。

 毎日が、そんな感じだった。
 オレ達はゆっくりと、愛を深めた。



 春宮の二の宮……皇子の弟宮が、病に伏したと聞いたのは、梅雨の頃のことだった。
 オレが皇子をさらってから、そろそろ1年になろうとしていた。
 皇子は雨の中、山に入り、若い牡鹿を獲って来て言った。
「お願いがある、んだ。これを、頭の中将の屋敷に、届けて、くれない、か?」
 鹿と薬草、そしてなぜか、ハスの蕾。
「この花は何だ?」

「ハスは蓮、って読むから、オレからだって分かる。蕾のまま、で、折られて、咲かないレン。オレのこと、だ」

 蕾のままで、もう咲くことのない花。
 それは、春宮位を狙ってねぇとか、もう皇子じゃねぇとか、そういう意味だったりすんのかな。
 貴族の遠まわしな表現は、よく分かんねぇし、どうでもいい。
 それよりオレが気になんのは……何で、頭の中将の屋敷なんだって事だ。
 そりゃ、弓盗って来た屋敷つったら、場所覚えてっけどさ。でも、病気の弟に、鹿肉と薬草届けんなら、直接御所の前に置いて来た方がよくねぇか?

「オレからだと、受け取っても貰えない、かも、だ、けど、頭の中将からなら、弟も喜、ぶ。弟の叔父上なんだ、よ」
 皇子は眉を下げて、ふへへと笑った。
 何だそりゃ、と思った。
「弟の叔父ったら、摂関家? 敵方じゃねーか。余計に受け取って貰えなくね? 怪しまれて捨てられたり……」

 けど、皇子は静かに首を振った。
「大丈夫、だよ。中将は、そう言う事、しない」
「んだよ、友達か?」
「違う、けど……」
 じゃあ何で、そんな切なそうな顔すんだよ?
 ホントはどういう関係なんだよ?

 ムカツク。
 オレは舌打ちを一つ残し、鹿を担いで村を出た。
 頭の中将の屋敷の前で、門番に堂々と声を掛ける。
「ある高貴な御方が、鹿と薬草を中将様に、と申されて、これを」
 門番に、ハスの蕾を手渡すと、そこで待つようにと言われた。

 やがて、ふわっと焚き染めた香の匂いがして、豪華な装束の貴族がオレの前に立った。
 ひざまずいてうつむいてっから、顔なんかは分からねぇ。けど、声からして、オレらと同じぐらいじゃねーかなと思う。
「その方はお元気そうだったか?」
 多分中将だろう、貴族が訊いた。

「その鹿も、薬草も、御自分で獲られました」

 オレが応えると、中将は「鹿も……」と呟き、ははっと笑った。
 うつむいたオレの目の前に、豪華な短剣が突き出される。
「褒美だ」
 うやうやしく両手で受け取ると、中将は何も言わず、また門の中に戻って行った。


 家に帰って、その短剣を皇子に渡すと……皇子は懐かしそうに短剣を撫で、けど、床に放り捨てた。
 そして、オレに抱きつき、ぎゅっとしがみついて言った。
「強く抱い、て」

 オレは勿論、それに応えた。

(続く)

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あきゅろす。
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