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小説 3
くろがね王と黄金の王妃・11
 ドン!
 最初の花火の打ち上がる音に、一瞬、心臓が止まるかと思った。
 ヒュゥゥー、と天に向かって空を駆け、破裂して、真っ白な花がバン! と咲く。
 それを見て、ああ、花火の音なんだ、と……。
 頭では理解しても、体が音への恐怖に怯む。

 幼い頃、人込みに紛れ、人々の頭越しに見た花火とは、全然違った。
 キレイで、怖い。
 近過ぎるからかな?
 人込みの中にいないから、かな?
 それとも……王様がいないから、か、な?

 最初の一発を皮切りにして、湖に浮かぶ船々から、次々に花火が打ち上がり始めた。
 ドン!
 ヒュゥゥー、ドン!
 バン! ドン! ヒュゥゥー、バリバリバリ。
 ……ドン!

 イズミ君にそっと肩を支えられて、オレはようやく、自分が震えてるって知った。
 カタカタと、小刻みに手も足も震えてる。
「笑顔」
 イズミ君が、小さな声で言った。
 オレは強張った頬を動かし、何とか笑顔を作って、バルコニーから少しずつ下がろうとした。

 湖を見下ろすのも、天を見上げるのも、どちらも怖かった。
 何よりも、音が。
 怖い。

「王妃様、大丈夫ですか?」
 ハナイ君の心配そうな声が、オレの耳に切れ切れに届く。
 ドン! バリバリバリ。
 ヒュゥゥー、バン! ドン!
 ゆっくり後ずさりするつもりが、気が付くと床に尻餅をついていた。
 怖い。
 と、その時。

 いきなり頭上に、火が走った。

 はっと振り向くと、火のついた矢が一本、カーペットの床に刺さってる。
 ハナイ君が慌てて踏み消し、部屋にいた侍女が高く叫んだ。
 火矢!?
 バルコニーの方に目を戻すと、大きなかがり火を潜り抜けた矢が、火矢になって、飛んできた。

 ヒュゥゥー、バン!
 ドン! バリバリバリ。ドン!
 ヒュゥゥー、バン! バリバリバリ。

 ハナイ君が次々に火を消しながら、侍女に言った。
「………!」
 花火の音が、それを打ち消した。

 かがり火に触れなかった矢が、床に刺さる。
 黒く塗られた矢。闇に紛れるように? 何で?
 何の目的で?
 誰を……狙って?

 ドン! ヒュゥゥー、バン!
 バリバリバリ、ドドン!

 幾つかの矢が天井に刺さって、左斜め下からの攻撃だと分かる。
 尻餅をついたまま動けないでいたオレを、イズミ君が壁の陰へと引っ張り込んだ。
「ここなら安全です」
 耳元で、イズミ君が大声で叫んだ。
 爆音にマヒした耳が、辛うじてその声を拾う。

 コクコクうなずいて見せながら、そうだよね、と思った。
 火矢はそりゃ危ないけど、本数は少ないし、かがり火さえ消しちゃえばいいし。
 一斉射撃なら危ないけど、斜め下から数本ずつ撃ち込まれる矢なんて……壁に引っ込んでしまえば、問題ない。
 問題ない。

 弓矢でオレは狙えない。
 じゃあ、一体何が狙い?

 ヒュゥゥー、バン!
 バリバリバリ、ドン!

 侍女が水を持って来て、イズミ君がそれでかがり火を二つとも消した。
 途端に部屋が暗くなり、夜空の花火がくっきりと見える。
 その、薄暗闇に染まった部屋の奥で。

 突然、寝室へのドアが勢いよく開いた。

 花火の明かりに、鈍く光る剣。
 黒ずくめの服の闖入者が3人、剣を手にここに来る。

 何で寝室? 思うと同時に、納得する。
 だって、そうだ、オレは知ってた。寝室には外へと続く抜け穴があって……抜け穴の一つは、湖に向かって伸びていた。

 
 侍女が叫びながら、一人は廊下へと走り去り、一人はオレの方に飛びついて来た。
 チヨちゃん、だ。
 ダメだよ、危ないよ、オレから離れて。
 柔らかな体を押しのけるけど、チヨちゃんは逆に、ぎゅうぎゅうと抱きついて来る。

 イズミ君がオレ達を庇うように、前に立ちふさがった。腰の険をすらりと抜く。花火が映り込み、まがまがしく白く光る剣。
 ハナイ君が、長剣を敵に振り降ろした。
 敵の一人が、難なくそれを剣で受けた。
 残り二人がイズミ君に向かう。

 バリバリバリ、ドン!
 ドドン! ヒュヒュウゥゥー、ババン!
 バリバリ。バリバリバリ。

 湖の上では、オレ達のこんな状況なんてお構いなしで、美しい花火が次々に咲いている。
 剣げきの音も、叫び声も、悲鳴も、何もかも消して。
 3対2では、勝ち目もなくて。

 ……逃げ場所も、なかった。

(続く)

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