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小説 3
くろがね王と黄金の王妃・10
 王様が首都に出発して、1週間。
 一週間もかからない、っていう王様の約束は、現実にならなかった。
 花火の日……。

 王様の側近も、近衛兵も、昨日から色んな準備で忙しそうだった。
 それはオレも同じで、慣れない打ち合わせとか、色んな決定事項への承認とか、準備とかに翻弄された。

 キクエさん達も、忙しそうだった。
 何をそんなにバタバタしてるのかな、って思ってたら、夕方いきなりお風呂に入れられてようやく分かった。
「今日は王様ご不在の中、お一人でバルコニーにお出ましになられるんですから」
「そうですわ、特に念入りにお支度なさいませんと」
 そんなセリフを楽しそうに言いながら、キクエさんやケイコさん達が、オレをピカピカに磨き上げた。

 確かに、花火の始まる前にバルコニーに出て、集まってくれた職人さんたちに、顔を見せることにはなってる、けど。
 でも花火は暗い時間に見るものだし……王妃が顔を見せて手を振る、っていう行為そのものが重要なんであって、キレイに着飾ってるかどうかは、問題にならないんじゃないのかな?
 そもそも、暗くてよく見えないんじゃないのかな?
 それに……王様もいないのに、「特に念入りに」なんて、する必要ない、し。

 でも、オレのそんな気持ちをよそに。侍女たちはオレに、上品なバラのオイルを擦り込み、華やかな絹の服を着せ、特に念入りなお化粧をした。
 さすがにチヨちゃんには、こんなお世話はさせられないから……オレだって恥ずかしいし……、彼女には、湯上りのお茶の準備をして貰う。
 花の香りの冷たいお茶を飲みながら……オレはぼんやりと、朱に染まり始めた空を眺めた。
 
 

 王様が花火に間に合わないかも、っていうのは、側近の人達もびっくりしてた。
 最初に使者を送った時とは、何だか状況も変わって来てて、花火職人への誤った命令とかも不穏だから、もっかい使者を送るらしい。
 わざわざ王様が手紙に封蝋して送って来たのには、何か意味があるんじゃないかって、ニシヒロ先生が話してた。
 途中で使者が入れ替わっても、先方には分からないから、って。勿論、手紙を届けてくれた使者を、疑ってる訳じゃないんだけど……。

 でも、とにかく、目くらましになるように、封蝋のした手紙を3通送ろうって事になったんだ。
「王妃様からも、ぜひ一通」
 いっそ恨み言でも、って言われたけど、まさかそんな訳にもいかなくて、短い手紙を書いた。
――お元気だとうかがって、安心致しました。
 オレも元気です、と続けようとして……ぴくり、とペンが止まる。
 恨み言なんて書く気にはなれなかったけど、王様が側にいないのに「元気だ」なんて、やっぱりそんな事、書きたくなかった。

――湖の管理人さんが、どんなに汚れた服を着ていても、手も顔も髪も、きちんときれいにされてるのに驚きました。初めてお会いした時の、自分の汚さを思い出すと、とても恥ずかしい気持ちです。
 あの時、王様に信じますと申し上げた、同じ心のままで、お早いご帰還をお待ちしています――

 オレの蝋印は、王冠と踊り子だ。
 もう今は、後宮の中で、王様の前で王様の為にしか踊らない、けど。でも、100人の観衆より、たった一人の王様の、唯一の舞姫でいたかった。
 赤い蝋を温めて溶かして、封をしたい場所にちょっと垂らす。固まらない内に蝋印を押し当て、強く押して、蝋に自分の文様を付ける。
 その手紙を、ニシヒロ先生に渡すと、先生たち側近が用意した手紙と一緒に、その日のうちに使者に託した。
 
 優等生みたいな手紙、だったかな?
 素直に、「花火を一緒に見たいです」って、言っちゃえば良かった?
 後宮はどうなりましたか、って、ズバッと訊いちゃえば良かったかな?
 それとも……やっぱり、王様がいなくても元気ですって、書いておけば良かったかな?


 王様の居場所にもよるけれど、王様がまだ宮殿なら、手紙もまだ届いていないかな、と思う。
 もう受け取って、読んで、オレの寂しいのとか察して、こっちに向かってて欲しいとか……そんなのは、夢だ。
「王妃様、さあバルコニーへ」
 キクエさんが労わるように、温かい手でそっと背中に触れた。
 バルコニーの前に行くと、今日も護衛をしてくれる、ハナイ君とイズミ君が脇に立っている。

 王様の手紙に書いてあった、端的な注意事項の中に、『近衛兵の誰かと花火を見るように』っていうのがあったから……それがどういう意味なのか分からなかったけど、護衛を頼むことにした、んだ。
 特に指名はしなかったんだけど、なるべく顔見知りをってお願いしたら、結局いつもの2人が選ばれたらしい。

「王妃様。あまりバルコニーの端近には、お寄りになりませんよう」

 ハナイ君が、いつもの真面目な口調で頭を下げた。
「う、はい」
 そう言えば、王様の手紙にもそんなことが書いてあったの思い出す。
 『バルコニーに出て花火を見ないように』って、夜だし足元見えないから、危なそうに思うのかな? オレ、そんなにそそっかしそう、かな?

 バルコニーには、大きなかがり火が2つ用意されていた。
 花火を見るのにはちょっと邪魔だから、オレが挨拶を終えて一旦中に入った後、どうしようかって誰かが言ってた。
 始末に困るなら、最初からこんな大きなかがり火、いらないのにな、とちょっと思う。だって、湖からオレの姿、丸見えになっちゃうじゃない、か。
 でも、そういうコトを下手に口にすると、かがり火を用意した人を責めることになっちゃうので、心の中だけで思っておく。

 ああ、でも……かがり火が明るいお陰で、湖に浮かぶ花火の船も、岸に集う職人も、向こう岸の一般市民も、皆暗い影に見える。
 これなら緊張もしなければ、キョドリ癖も出そうにない。
 ハナイ君とイズミ君を両脇に従えて、3人でバルコニーに1歩踏み出す。

 歓声が上がった。

 「わー」とも「きゃー」とも聞こえる声。王様がいないのに、皆、テンション高いな。花火だから、かな。
 オレは苦笑して、手を振った。

 夕陽の名残に、まだ赤みを残す空。
 空を映す水平線。
 湖に浮かぶ、たくさんの船のシルエット。
 花火の前にも、美しいモノはいっぱいあって。目を奪われて。

 だから……足元の岸辺の暗い木立なんて、そんなとこは……見なかった。

(続く)

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