小説 3 係長とオレ・4 話してるのは楽しいけど、ああ、もうホントに終電、間に合わなくなっちゃった。 どうしよう、係長はどうするのか、な? そわそわしながら歩いてると、客待ちのタクシーがずらっと並んでる通りに出た。 「うおっ、タクシー!」 そうか、係長はこれを知ってたのか。 オレみたいに、走れば間に合う、なんて終電を気にしたりしなかったのは、タクシーなんていう交通機関が、ちゃんと頭にあったからなんだ。 こういうとこ、やっぱり大人だなぁ、って思う。 いいなあ、格好いいなあ。 こんなオトナになりたいなぁ。 格好いい横顔をぼーっと観察してたら、「何見てる?」と軽く小突かれた。 「お前、××駅だったな?」 と、係長に最寄り駅を訊かれた。 「はい。スゴイです、ね、何でご存知、ですか?」 びっくりしたけど、係長は「上司なんだから当たり前だろ」って言った。 まあ、考えてみれば、そうかも? 定期券の申し込みとか、係長を通して、経理に出すんだもん、ね。 同じ沿線だから、といって、係長はオレに途中まで相乗りしようと言ってくれた。 「うお、ありがとう、ござい、ます」 正直、とってもありがたかった。だって、割り勘だとしても、結構キツイ。 うう、走れば終電、間に合ったかも、なのに。タクシー代、1万とか行かないかな? 係長に全額出して貰えたりとかは……やっぱり、甘いよね。女の子じゃないし、ね。 そんな事考えながら、窓の外を見ると、ピンクのネオン街の前を通った。 「うわ、ホテル!」 ラブホテル街だ。知らなかった。結構近いとこに、いっぱいあったんだ。 派手な看板に書かれてる料金を見て、あっと思った。 タクシー代よりホテル代の方が、安いかも、だぞ? うわ、もっと早く気付けば良かった! 「一緒に、泊まれば良かった、です、ね!」 オレが言うと、係長は「はあ?」と言った。 「どこへ泊まるって?」 「だから、ラブホテル!」 しばらく係長は、固まった。そして口をパカッと開けた。 「な、お、ば……」 口をパクパクさせて、オレみたいにどもったかと思うと、次の瞬間、真っ赤になった。 そして。 「てんめぇーっ、バカは一日何回だーっ!」 そう叫びながら、オレに容赦ないウメボシを食らわせた! 「ぎゃいーっ」 痛い、ホント痛いです、係長! 「うう、だって……絶対そっちのが、安い……」 いいアイデアだと思ったのに。 ズキズキするこめかみを抑えながら、涙目になってると、タクシーの運転手さんが、おかしそうに言った。 「いや、でも、実際、そうやって泊まる人も多いみたいですよ。カプセルホテルよりのんびりできるし、風呂もでかいし、AVも見放題で」 おお、思わぬ援護射撃! 「で、ですよね!」 うう、運転手さん、いい人だ。 ほら、やっぱりいいアイデアだったでしょ? そう思いながら、係長の顔をちらっと見る。 すると係長は、まだちょっと赤い顔で、オレをじっと見つめていた。 格好いい顔で見つめられると照れる、けど。そんな、ちょっと赤い顔なら、平気です、よー。 そう思って、にかっと笑って見せた。 係長は……オレの笑顔を見て小さく息を呑み、ぎ、ぎ、ぎ、とぎこちなく顔を背けた。係長からこんな風に顔を逸らされるの、初めてだ。 うお、勝った? 何かすごく嬉しくて、オレはタクシーを降りるまで、ずっと笑顔のままだった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |