小説 3
係長とオレ・3
気付けば、地下街の営業時間はとうに過ぎてて、通路は照明が落ちて暗くなってた。
店舗の中は明るかったから、気が付かなかったな。
時刻は午後11時。
まだ最終電車には、ちょっとある。
「どうも、お疲れ様でした」
「お疲れさーん」
「お疲れ様でーす」
地下鉄とJRとの分かれ道で、何人かの人がJRの方に向かった。
オレはその人たちに深々と頭を下げ、残りの人たちと一緒に、地下鉄の方に向かおうとして………地上に上がる階段の前で、足を止めた。
ラーメンの匂いが、オレを誘ってる。
「どうした、三橋?」
先に行きかけてた係長が、オレのとこまで戻ってきた。
「ううう、ラーメン」
返事にならない返事をしてると、ぽん、と頭を叩かれた。
「どうもー、お疲れ様っしたー!」
先行く人達に、係長は大声で言って、手を振った。
向こうの人達も、オレ達にちょっと手を振って、さっさと地下鉄の方に行っちゃった。
あれ、係長は?
ぼんやりと思ってると、背中をトン、と押された。
「ほら、ラーメンだろ」
「う、はい!」
オレの返事に「うし」とか言って、係長は一緒に階段を上がってくれる。背中に添えられたままの手が、温かくて妙に嬉しい。
やっぱり、係長もお腹空いてたんだ。
そうだよね。だって、7時ぐらいに、誰かが買って来てくれた牛丼・並盛り、食べたっきりだもんね。
地上に出ると、地下とは違って、人がいっぱいだった。
まだまだ開いてる店はいっぱいあって、車もたくさん通ってる。
でも、さっきまですっごくはっきり漂ってたラーメンの匂いが、どこから来てたのか、分からなくなっちゃった。
「あうう……」
途方にくれてると、「どした?」と優しく訊かれた。
ラーメンの匂いが分からなくなった、って言ったら、係長が快活に笑った。
「ははは。犬失格だな」
「イヌッ!?」
しかも、失格って……犬以下ってこと!?
むうっとむくれてると、ほっぺを人差し指でつつかれた。
ははは、って笑ってる。
係長、機嫌いい。
お腹空きすぎて、ハイになってるのかな?
オレは逆に、何も考えられなくなっちゃうんだけど。
「ほら、行くぞ。ラーメンはすぐそこだ」
係長が、ぼーっと立ってるオレの背中を、強く押した。オレは押されながら歩いた。
そしたら、角を曲がってすぐのとこに、ホントにラーメン屋さんがあったんだ。
うお、しかもこの匂い、さっき階段下で嗅いだのと同じ、だ。
「ちょ、超能力?」
思わず呟くと、係長が笑いながら、グーでオレを軽く小突いた。
「バカは一日一回!」
あう、もう3回目だ。
ラーメンを食べ終わったら、終電まで走ってギリギリな時間になってた。
鞄持ってるし、革靴にスーツだけど、多分オレの脚なら、全力で走れば間に合う……かも? 腕時計を見ながら、そんな事を考えてたら、係長が言った。
「終電、逃したな」
「うへ?」
間に合いますよ、って言いかけて、口を閉じる。
係長が色っぽいタレ目で、オレの顔をじっと見てた。
な、何だろう? ラーメンのつゆとか、ネギとか、顔についてるか、な?
口元をそーっとさり気なくぬぐう。
そ、そんな格好いい顔で見られたら、照れるんだけど、な。
気まずくて目を逸らしてると、係長が唐突に訊いた。
「お前さ、週末いつも、どうしてんの?」
週末って……? 質問の意味が分からなくて、適当に首をかしげる。
「さ、さあ?」
「さあ? って何だよ。彼女とかいねーのかって」
うお、そういう意味か。
「残念、ながら」
正直に答えると、係長がふっと笑った。
「まあ、そうだろうな」
そんな失礼なことを言いながら、係長がゆっくりと歩き出した。
オレは何となく一緒に歩きながら、反対に尋ねた。
「係長こそ。指輪、してないです、よね?」
「あー? よく見てんな」
オレは、うひひ、と笑った。女子社員が噂してたの、聞いたんだ。あの人達は、ホント目ざといもんね。
「彼女さんは、いないんです、かー?」
オレが訊くと、係長はまたオレの顔をじっと見て、「残念ながらな」って応えた。
そうか、こんな格好いい係長でも、恋人がいなかったりするんだなー。
そう思うと、何だか妙に親近感が沸いて、うひひ、ってまた笑っちゃった。
「何だ?」
格好いい眉を、ちょっとしかめて係長が訊くので、オレは正直に、思ったことを言った。
「嬉しいです」
すると、係長は少し顔を赤くして、オレの頭をポンと叩いた。
(続く)
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