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小説 3
くろがね王と黄金の王妃・9
 隣国の職人さん達に、林への立ち入りは禁止だって伝えた人物は、結局誰なのか分からなかった。
 貴族か、王様の側近か、または侍従か……ってくらい、身なりがちゃんとしてて、姿勢も言葉づかいも良かったんだって。
 ニシヒロ先生初め、王様の側近がその事をすごく気にして、なんか、面通しみたいな事もしたみたい。
 でもそれで分かったのは、問題の人物が、少なくともお城の関係者じゃないって事くらいだった。

 胸騒ぎするのは、何でかな?
 理由がまるで分からないから、かな?

 王様が出発してから、5日目。つまり、花火まであと2日。花火のことについての、王様からの返事が来た。
 別に口頭の伝言でよかったのに、王様はわざわざお手紙を書いて、封蝋して送ってくれたんだ。
 剣と王冠の模様の蝋印は、確かに王様の親書のしるし、だった。
 でも、手紙を届けてくれた使者は、こちらから行って貰った人とは、違う人だ。本当に大急ぎで行ってくれたらしくて、こちらからの使者さんは、過労で倒れちゃったんだって。

「ご、苦労様、でした」
 オレはねぎらいの言葉をかけて、それから、王様の様子を尋ねた。すると――。
「陛下におかれましては、お変わりなく、お元気でお過ごしです」
 使者はオレに頭を下げて、そして、こう言った。


「北隣の国の王女様御一行をたいそう歓迎なされまして、後宮にお客人としてお部屋をご用意されたとうかがっております。王妃様が帰られた後には、盛大な歓迎の催しを是非に、とのことで、準備のご指示をされておいででした」


「……そ、……です、か」
 と、そう応えるのが精一杯だった。
 笑顔が上手に作れたかどうかも分からない。
 ただ、めまいがして、玉座に座っててホントに良かった、って思った。だって倒れなくてすんだから。

 北隣の国の王女って……王様が直接宮殿に帰ることになった原因の、他国の王女のことだ、よね。
 その人に、後宮に居つく前に帰らせるから、って、王様はオレに約束したよね?
 新婚旅行の真っ最中に……。

 無意識にきゅっと手を握り締めてたみたい、持ってた手紙がカサッといった。それで思い出す。
 あ、手紙……。
 今、受け取ったばかりの手紙。これに、その王女のこと、いきさつとか、理由とか、書いてるかな?

 パリパリと封蝋を割って、王様からの手紙を開ける。
 王様らしい、角ばった力強い筆跡。
――レン、元気でいるか――
 と、オレを気遣う言葉の後で。

――花火には間に合いそうにないが、くれぐれも……
 と、注意事項みたいな事が、端的に書かれていた。


 王女のことについて、なんて書いてなくて。
 会いたいとか、会えなくて寂しいとか、そんな言葉も一言もなかった。早く帰るから、とか。
 これって、わざわざ封蝋して、親書にする必要あったのかな?
 
 バルコニーから見るな、とか。
 近衛兵の誰かと一緒に見ろ、とか。
 決められた人間以外、王家の林に立ち入らせるな、とか。
 関係者以外の船を、禁止しろ、とか……。

 別に、誰に見られても困ることなさそうな手紙だったのに。
 何のために封蝋したのかな?
 もしかして……王様が花火に間に合わない、って事を、誰かに知られたくなかったのかな?
 それとも……花火職人に「立ち入り禁止」って伝えたのは、ホントは王様の命令だった?

 オレはその手紙を、右から左へ受け流すように、ニシヒロ先生に手渡した。
 ニシヒロ先生はそれをざっと読み、「お預かりしてもよろしいですか」って訊いた。
 勿論うなずいた。
 それより、先生に今の自分の顔、あまり見られたくなかった。
 気遣いの言葉も欲しくなかった。

『お前の後宮に、よその女どもを一日でも長居させたくねーんだよ……』
 
 王様の言葉も、声も、まだハッキリと覚えてるのに……何でかな、どんな顔で言われたか、思い出せなくなっちゃった。



 ニシヒロ先生は、他の側近たちと話し合うのに忙しくて、午後のお勉強は中止になった。
 だから、テラスでお茶を飲みながら読書、することにした。
 今日は、この城の歴史の本。
 ここは昔、国境の砦だったから、戦争で焼けたりもしたんだって。そんな跡は、全然残ってないから、言われなきゃ気付かない、けど。
 だから、設計段階で、城からの抜け道がちゃんと造られていたんだって。

 謁見の間の玉座の後ろに、小さな扉があるのはオレも知ってた。そこから、いざというときは外に逃げ出せるんだって。
 他にもあちこちに隠し扉があって、秘密の出口につながってるって。
 それで、出口も一つじゃないって。
 今は平和な時代で、どことも戦争なんてやってないから、抜け道なんて仕掛け、使うことなんて、まず無い、けど。

 王様は、このこと知ってるのかな?
 勿論、知ってるよね、だって、王様だし。
 王様が戻ったら……オレの元に、戻ったら。一緒に抜け道を、探検に行きたいな。
 行ってくれるかな?
 お忙しいかな?

 でも、オレが行きたいって言ったら、きっと行ってくれるよね?

 きっと……戻って来てくれるよね?

 王様のこと、考え出したらもうダメで。オレは途端に集中できなくなって、分厚い本をパタンと閉じた。
 立ち上がって、窓から外を眺める。
 ふと思いついて、この間の場所を探してみたけれど……やっぱりバルコニーからじゃないと、よく分からないかも知れなかった。

 湖にはいつになく、船がたくさん浮かんでた。
 王家の林にも、人がたくさん出入りしてる。

 花火の準備が進んでいた。

(続く)

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あきゅろす。
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