小説 3
IDENTITY・14 (完結)
砂漠から町に帰る途中、ミハシはずっと黙ってぼうっとしてた。
ハルナと話すこともなく、オレのすぐ側を歩いて、時々オレの顔をちらちら見てた。「何か言いたいことでもあんのか?」って、訊きたかったけど訊けなかった。
イライラした。
町に帰ってから……歩合制だっつって、ハルナはオレに金貨10枚、ミハシに40枚配った。そして、頭を撫でながらミハシに言った。
「レン、明日首都に帰っかんな」
明日、何だって!?
ギョッとして横を見ると、ミハシは笑って「はい」とか言ってる。
「え……?」
首都に帰るって、ハルナが? ……それとも?
オレの戸惑いを見て、ハルナが言った。
「あんだよ。もうレンは見付かったし、長居は無用だろ?」
そうかも知れねーが、そうだとは言いたくねぇ。
長居は無用って、そんな言葉で、ばっさり切られるとは思わなかったし。
……帰るのが誰かも訊けなかった。
「ちぇーっ、もう帰んのかよ。もっとゆっくりして行けよなー」
タジマが呑気に文句を言い、「今夜は呑もうぜ」とハルナの背中をパンと叩く。ハルナは気安くOKして、そして、オレ達の方を見た。
真面目な顔で、オレとミハシの顔を見比べて……。
「じゃあ、レン。明日な」
と、片頬だけで笑って、ミハシの頭をもっかい撫でた。
晩メシは、味も分からなかった。
気になるなら、訊けばいい。たった一言だ。『ハルナと一緒に行くのか?』
けど、訊けなかった。答えを聞くのが怖かった。だから、代わりに訊いた。
「お前さ、記憶、大分戻ったんじゃねぇ?」
ミハシは「うお」と驚いて、キョドりながら応えた。
「う、うん」
やっぱり、か。
一度にいろんな事思い出し過ぎて、そんで帰り道、ぼうっとしてたんか。
「じゃあ……」
じゃあ、もうオレが『呪文書』買ってやる必要もねぇよな?
オレがお前の「家」やってやる必要もねぇよな?
もう、お前の面倒見てやる必要もねーんだよな?
頭に浮かぶのは、そんなセリフばっかりで、でもそんな、未練たらたらの攻撃的なセリフ言いたくなかったから、オレは口を閉じた。
「アベ君、オレ……」
ミハシが何か言おうとしてたけど、別れのセリフとか聞きたくなかったから、ミハシの口も封じた。
キスで。
もうゼッテー、こいつには朝まで何も喋らさねぇって思って、長いキスをして、口接けたまま貫いた。
好きだった。愛してる。
「んん、あ、あえくん」
ずれた唇から、うわ言のように呼ぶ声も。
夢中になって、オレの背に指跡をつける仕草も。
もっと、って、ねだるセリフも。全部一緒だった。変わらなかった。
記憶があってもなくても、やっぱミハシはミハシのままで、オレの好きなミハシで、いつもの夜のようにオレに抱かれて、いつもの夜のようにオレに縋る。
一緒なのが、嬉しくて辛かった。
いっそ別人になってくれてれば、諦めもついたのに。
目覚めると、腕の中は空っぽだった。
「ミハシ?」
慌ててベッドから飛び降りて、ああ、そうだったと思い出す。
ハルナと一緒に、行っちまったのか。
「は、挨拶もなしかよ」
吐き捨てるように言ってみても、びくっと肩を揺らす誰かはいない。
いないと悟っても落ち着かなくて、オレはウロウロと、部屋の中を歩き回った。
他に見当たらねぇ物といえば杖くらいで、そういやミハシの私物って、何があったかと考える。
一緒に過ごした4ヶ月。買ってやったのは『呪文書』と、わずかな着替えや何かくらいで……オレの思い出になるような物なんて、何もやんなかったよなって気が付いた。
その『呪文書』だって、置きっ放しで。まるでそれが、用済みだって言ってるみてーで……。オレと一緒だなとか思って、悲しかった。
ふと、まだ間に合うんじゃねーかって思った。
走れば、まだ間に合うんじゃねーか?
まだ町でぐずぐずしてっかも知らねーし、もう出発してたとしても、歩きなら追いつく。
「行くな」って、言える。
そう思うと、居ても立ってもいられねーで、急いで身支度整えた。
気合入れて、勢いよく戸を開けると……ダン、と何かにぶつかる音がして、「ふぎゃ」と悲鳴が上がる。
「うわ、悪ぃ」
急いでんのに、しまったな、とか心の中では思いながら、とっさに謝って……。
「え?」
一瞬、何も考えられなかった。
だって、目の前に座り込んで、鼻の頭押さえて涙目になってる奴は、今まさに、追い掛けようと思ってた人物だ。
「あ、アベ君、慌ててどこ行く、の?」
とか、ミハシは変わらねぇ口調で、オレに訊く。
「ハルナはっ?」
「うえ、もう行っちゃった、けど。何か用だっ、た?」
オレの問いに、キョドりながら応えて、ミハシは「追い掛ける?」と首を傾げた。
何で黙って出掛けたんだ、とか、心配しただろとか、追い掛けてぇのはお前だよ、とか、色々ぐるぐる考えたけど。
「いや……いい」
何か言う気力も失せて、オレは力なく首を振り、目の前の恋人を抱き寄せた。
「ハルナと行っちまったかと思った」
細く白い首筋に、顔をうずめながら囁くと、ミハシは「え、な、何で?」と戸惑ったように言って……。
「オレの『家』は、ここでいいんだよ、ね?」
不安げに眉を下げ、オレのシャツの裾をギュっと握る様子は、やっぱりいつものミハシだった。
好きだった。
「うお、アベ君、ここ、外……」
小さく抵抗する恋人を、構わずぎゅっと抱きすくめて、口接ける。
頭に浮かぶのは、金貨10枚の使い道。
もう、『呪文書』なんて買わねぇで、スペルショップじゃなくて、アクセサリーショップに行こう。
そうだ、ミハシを拾った日……増水した川原で拾ったルビー。それを持ってって、磨いて貰って、台座をつけて、二つ揃いの指輪にしよう。
「オレを置いて、どこにも行くな」
今更ながらにそう言って、オレは「ミハシ」を抱き締めた。ミハシはオレの腕の中で、「行きません、よー」つって、ふひっと笑った
(完)
※どん様:フリリクのご参加、ありがとうございました。RPGパロ、になってるかどうかはともかく、こんな長くなってしまって本当に申し訳なかったです! この後、実はまだ先があったとか、一体何ページ書くつもりだったんでしょう。気に入って頂けてればいいのですが。
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