小説 3
IDENTITY・13
ミハシはまた「無理です」と言った。
けど、ハルナは容赦しねぇ。長剣を抜きながら、少しきつい声で言う。
「無理とかできねぇとか、オリャーそういう言葉嫌いだっつったよな?」
「うえ、えと……」
無茶苦茶だ、記憶がねーつってんのに。けど、ハルナはオレの方をビシッと指差し、ミハシに言った。
「早くしろ、チュウチョすんな。失敗して怪我すんのは、誰だと思う!?」
誰ってオレか? と、ミハシと目が合った。琥珀色のでっかい瞳が、思い詰めたようにオレを見てる。
「来るぞ!」
タジマがシャッと双剣を抜いた。
自分の身くらい、自分で。オレもタジマにならい、剣を抜いて、デザートライオンの方を向く。
「今だ、レン!」
ハルナが叫びながら、長剣を振りかざして砂漠を駆けた。
モンスターは思ったより走るのが速くて、あっという間に距離が詰まる。
「うりゃーっ」
あの長剣を縦に一閃。一撃で、ライオンが地に倒れる。それを確認するよりも速く、次々現れるモンスター。
その隣ではタジマが、見事な素早さで双剣をひらめかせている。
オレも、と後に続いて走ろうとした時……ミハシが叫んだ。
「サンドカット!」
砂がパサリと巻き上がる。
けど、不発だ。砂の刃はモンスターを襲うどころか、形を崩して消え去った。
ミハシはひぃっと息を呑んで、もっかい叫んだ。
「サンドカット!」
また不発だったんだろうか、デザートライオンに注目してたから、よく分からねぇ。
こっちに襲い掛かって来れば、迎え撃つ。そう、油断なく剣を構えてた時、ミハシがオレを呼んだ。
「あ、アベ君!」
振り向けばミハシは、右手で杖を握り締め、左手でシャツの胸元を握ってる。
不安な時の、ミハシの癖。きっと今、少し震えてる。
目の前の敵か、後ろのミハシか。迷う間もなかった。オレは素早く、ミハシの側に駆け寄った。
「大丈夫、オレがついてんだろ」
震えるミハシの肩を抱き、こんな場合じゃねぇけど、唇に軽いキスをする。
そうすると、ミハシの肩から力が抜け、リラックスできるって……オレは知ってた。
ミハシはふひ、と小さく笑って、ぎゅっと杖を握りなおした。おし、やる気復活だな。
「『水球』でいいぞ。動きを止めるだけでいい」
オレがそう言うと、ミハシは一つうなずいて……もっかい叫んだ。
「ファイヤーキャノン!」
見たこともねぇようなデカイ『火球』が、1発でモンスターを1頭、消し炭にした。
向こうでは、踏み込んで力強く、長剣をザンと振ってる天才と、踊るように軽やかに、双剣を振り回してる天才が、同時に一瞬こっちを見た。
オレも、ミハシの顔を見た。
だって、あんなデカイ『火球』、初めて見たからだ。
「ファイヤーキャノン、ファイヤーキャノン、ファイヤーキャノン!」
3連発。勿論3発とも命中し、モンスター3頭を消し炭にする。
いつものミハシだ。
勿体ねぇ、とか、言う気にもならねぇ。
「コラ! アブネーだろ!」
向こうで、ハルナが喚いてる。
タジマは「ミハシ、スゲー」つって、ゲラゲラ笑って……突然、大声で言った。
「アベ、後ろ!」
はっと振り向くと、すぐ間近にモンスター。牙をむき、数歩駆けてジャンプした!
左手でミハシを突き飛ばし、右手で剣を抜いて屈む。上向きに突き出した剣に突き刺されながら、デザートライオンがオレの頭上を飛び越えた。
着地と共に、モンスターがドウっと倒れる。オレも、力を受け止めきれずに尻もちをついた。
けど、座り込んでる場合じゃねぇ。素早く立ち上がってトドメを刺す。急いで周りを見回して、他に敵がいねぇか確認する。
「あと何頭っ?」
オレが鋭く尋ねると、二人の天才が、緊張感の欠けた声で応えた。
「オレ3頭」
「オレ、2頭」
今の1頭と、ミハシが燃やしたのが4頭……で。
「終わり、か」
ため息をついて、剣を収める。
ミハシを見ると、オレに突き飛ばされたそのままで、砂の上に倒れてた。
「悪ぃ。怪我してねーか?」
起こしてやろうと手を差し伸べたけど、ミハシは仰向けで空を見上げたまま、ぼんやりと口を開けている。
「どうした?」
側にひざまずき、顔を覗き込むと……ミハシはようやくオレの顔を見て、ふにゃりと笑った。
(続く)
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