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小説 3
皇孫一の宮の略奪・3
 一の宮の亡き母は、内親王だったそうだ。父親である春宮と母宮とは、従兄妹なんだとか。
 この上ない高貴な血筋だ。
 でも、それは同時に……後ろ盾がねぇって事になるらしい。

 後ろ盾のねぇ親王には利用価値がなく、利用価値がねぇなら、存在価値もねぇ。
 皆、摂関家の血を引く弟宮を、次の春宮にと推したがってる。
 けど、なまじ血筋がいいだけに、一の宮を粗略にも扱えない。
 一の宮にしてみりゃ、自分に利用価値のねぇ事は分かってるし、皇位にも特に未練がねぇから、弟宮が春宮になったって別に構わねんだが……。
 臣下に下るにしても、出家するにしても、なかなか穏便には進まなかったようだ。

 そんな時に、その「お荷物」をオレがさらった。
 弟宮派としちゃ、これ幸いって感じか。
 せっかくさらってくれたんだから、もう戻してくれるなってとこか。
 あの火事はそういう意味だろう、と一の宮は言った。

「ラッキーじゃねぇか」

 元々、欲しくてさらって来た宝だ。返さなくていいなら、遠慮なく頂戴するに決まってる。
 これで追手の心配もねぇんなら、願ったり叶ったりだ。
 こっそり追手の心配までして、胃を痛めてたらしい花井も、安心したみてーだった。


 村を流れる小川で、白い背中を洗ってやりながら笑ってると、皇子がちょっと振り向いて、「な、に?」と訊いた。
「何でもねー」
 後ろから抱き締めて、軽く唇を合わせる。
 皇子の口元も、緩んでる。笑ってる。
 体だけじゃなくて、心も許してくれてるみてーで、スゲー嬉しい。

 さらって来て、犯して泣かせたってのに。恨まれる事はあっても、こんな風に笑って貰えるなんて、思ってもなかった。
 こいつを欲しがったオレと、誰かに欲して貰いたかったこいつと……出会ったのは、やっぱ運命じゃねーかと思う。
 いや、皇子にとっちゃ、相手は誰でも良かったのかも知んねーけど。


「殺される、んだと、思った、んだ。最初」
 と、皇子はオレに話してくれた。
「さらわれて、殺されて、山に捨てられる、て。でも、そうじゃなかった、から、何でって、思った」
 何でこんなことを――。初めての後、皇子はオレにそう訊いた。
 そりゃ、殺される代わりに犯されたんじゃ、びっくりすっか。てか、殺される前に辱めまで受けんのか……とか、あん時は思ったんじゃねーかな。

「もう、何でって訊かねーの?」
 オレが尋ねると、皇子は頬を染めて「う、ん」とうつむいた。
 そんな皇子の仕草が好きだ。
 見かけや雰囲気だけじゃなくて、オレを慕ってくれる、そんなこいつの気持ちが好きだ。
 今でもやっぱ、こいつを組み敷いてアンアン啼かせてぇって、強く思う。けど、それと同じくらい、穏やかに笑って欲しいとも思う。
 我ながら、夢中になってんな。時々、花井にも笑われる。


 御所と比べると、こんな都の外の山村暮らしは不便だと思うけど、皇子は今んとこ、何の不満も口にしなかった。
 体洗うのに、湯だって用意してやれねーけど、別に小川で充分だとか言う。

 無法者の集まった盗賊集団だっつーのに、村の大人連中は、花井同様、皇子を何となく敬ってた。
 子供たちは……やっぱ、皇子が高貴だってのは分かんのかな。興味津々なんだけど、恥ずかしいみてーで、いつも遠巻きに見つめてる。
 皇子の方はっつーと、最初、人見知りが激しかった。けど、この村じゃ誰も自分を邪魔者扱いしねぇって、ようやく分かったようだった。


「オレも何か、仕事、したい」
 村へ来て三日目に、皇子がそう言い出した。
 まさか盗賊家業やらせる訳にもいかねーから、後何かやるっつったら、野良仕事? けどそれには、村の男たちが「畏れ多い」つって断固嫌がった。
 女たちに近付けんのはオレがイヤだったし、じゃあ後は、薪割とか水汲みとか、……狩とか?

「オレ弓、は、結構得意だ、よっ」

 皇子が、珍しく自信たっぷりにそう言うので、貴族の使うような弓矢を一式、盗って来てやった。
 金細工の施された、豪華な奴だ。
 華美なだけで、実用的にはどうかとも思ったが、武官の屋敷にあったモンだし、まあ使えんじゃねーかと思う。
「ほら、弓」
 盗品の弓を投げて寄越すと、皇子は片手でパシッと受け取り、そしてその弓をまじまじと見た。
「こ、れ、どうした、の?」
「あー? 頂戴して来たに決まってんじゃねーか」

 まさか、買って来る訳もねーだろう。
 何を当然のことを聞くんだ、とオレは顔をしかめたが、皇子はさらに訊いて来た。
「どこ、から?」
「はー? んなの、貴族の屋敷に決まってんだろ。何だよ、さっきから?」
 皇子は弓を、ひっくり返しひっくり返して散々眺め、「やっぱり」と呟いて、ふひっと笑った。

「これ、頭の中将の弓、だよっ。近衛中将のお屋敷、に、盗みに入っ、たの? 大胆だ、な」

 大胆かどうかは知らねぇが、機嫌がイイなら何よりだ。
 けど、嬉しそうにフヒフヒ笑ってる割に、眉が下がってんのは何でだ?
「盗まれて困ってる、かもだ、けど、すぐ新しいの作るだろう、し、大丈夫だよ、ね?」
「あー。そりゃ、貴族ってのはそんなもんだろ?」
 オレがそう言ってやると、皇子は眉を下げたまま、オレに訊いた。

「オレが貰ってもいい、よね?」

 勿論そのために盗って来たっつーのに……。
 何でだろ、何か、ムカついた。

(続く)

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