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小説 3
IDENTITY・12
 今回の討伐対象になってるデザートライオンは、普通は群れで行動しねぇ。砂漠を歩いてて遭遇すんのは、よっぽど運が悪くて1頭か2頭だ。
 オレだって、まだ実物を見たことがねぇ。それくらい珍しくて、危険なモンスターだ。
 それが10頭。
 しかも、街道の近くに出るという。


 砂漠までの道を、ミハシはハルナと並んで歩いた。二人で、スゲーいっぱい思い出話をしてた。
 聞きたくなかったけど、ハルナの地声がでか過ぎて、イヤでも全部聞こえて来る。内緒話されるよりはいーよな、って、無理矢理自分を納得させた。
 タジマはそんなオレ達を見て、何も言わずに歩いてた。

 ハルナの話によると、出会いは、ミハシが『劫火』を失敗した時だったそうだ。
 その時のミハシの連れは、親戚の誰かで……ミハシはいつも、怒鳴られたり蔑まれたりしてたって。
「あっの頃のお前はさぁ、自分のこと過小評価しててさー」
 『劫火』で失敗した思い出。「誰か」に助けられた思い出。オレが忘れろって言ったのに、先を思い出してしまった思い出。
 ミハシを助けた「誰か」ってのは、オレの前にいるハルナで、そいつはミハシの横を歩き、細かく状況を話して聞かせる。

「お、思い出した! あの時、ハルナさん、オレに……自分でトドメを刺せって言いました、よね?」

 ミハシが晴れやかに言った。
「そして、オレ、『火球』で……ああ、あのモンスター、ドラゴンフライ、だ。大量発生して……」
「そうそう、沼地な。ドラゴンフライは肉食だから、噛み付いて来るんだよ。噛み付くって言や、覚えてっか? ハイランダーウルフ」
 ハルナの問いに、ミハシが答える。
「うお、ハルナさん、噛ま、れた」
「んー、お前、大泣きだったな」

 魔法も使っていないのに……ミハシが過去を少し思い出して、それにハルナが補足していく。
 ハルナの補足に触発されて、また少しミハシが思い出す。
 ゆっくりと「レン」になっていく。

 オレは、それでも二人の会話を聞き続けた。「一抜けた」とか、言いたくなかった。
 黙って歩くオレの肩に、タジマがグイッと腕を回した。
「まあ心配すんな。ミハシがあんな懐いてんだ、少なくとも、悪ぃ奴じゃねーぞ」
 オレは、「ああ」と応えるので精一杯だった。


 砂漠に着いても、二人の距離感はそのままだった。ハルナはのんびりとミハシを構い、ミハシも笑顔で会話してた。
「おい、一旦ミハシんこと、頭から追い出せよ?」
 タジマがオレに言った。
「分かってんよ」
 集中しねぇとヤベェ。そんくらい、天才じゃなくたって分かってるさ。

 街道を外れると、見渡す限りの砂地だ。
 風であおられた砂煙のせいで、視界はクリアって訳じゃねぇ。けど、隠れるところも何もなさそうな砂漠なら……いきなりモンスターが出たって、すぐに見付けられそうだ。

「レン、『雨』だ。砂煙、何とかしろ」
 ハルナの突然の要望に、ミハシはスゲーうろたえた。だって「今のこいつ」は、『雨』を覚えてねぇ。それどころか、水系の魔法で使えんのは、『水球』と『氷弾』と、この間覚えた『冷凍保存』だけだ。
「む、無理です」
 うつむくミハシに、ハルナが言った。

「思い出せよ。虹作ったろ?」

「に、じ……」
 ミハシが遠い目で空を見た。乾いた空に、虹なんか勿論見えねぇ。けどミハシは、虹を探すように、視線をぐるっと巡らせた。
 ハルナが更に言う。
「首都でよー、体が悪くて、部屋から一歩も出られねぇガキに、お前、虹作ってやったじゃねぇか。優しい雨だった。なあ?」
 なあ、と言われて……。
 ミハシは、遠い遠い目で過去を見て、そして目を閉じ、厳かに言った。
「エンジェルレイン」

 雲もなく、太陽の光そのままに、さっと雨が降った。魔法の雨だ。
 たちまち、砂煙が治まっていく
 『呪文書』なしで、ミハシが魔法を思い出したのは、初めてだった。
「ふお……」
 ミハシが笑みを浮かべた。けど。

「感傷にひたってる場合じゃねーぞ!」

 ハルナが鋭く言って、剣を砂に突き刺した。その切っ先に貫かれたデカイ蠍が、キィキィと鳴きながらもがいてる。
 オレも慌てて足元を見た。剣を抜いて一匹仕留める。これじゃ、毒蛇と一緒だ……。そう思った時、ミハシが叫んだ。
「グランドファイヤー!」
 ゴウッ。
 一瞬にして広がり、蠍ごと砂漠を焼き払う炎。でも、燃える物が何もねぇから、すぐに炎は収束する。

 その炎の名残の消えねぇ内に、砂色のでけぇモンスターが、のっそりと姿を現した。
「来たぞ」
 ハルナが、楽しそうに言った。
「レン、『砂斬刃』だ。チュウチョすんなよ!」

 それもまた、ミハシの知らねぇ魔法だった。

(続く)

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