小説 3 くろがね王と黄金の王妃・7 「王妃様は花火をご覧になったことはおありですか?」 いつかの、隣国の使者が言った。 「はい、以前、一度、だけ」 オレは、じっくり考えながら、そう答えた。 ちらっと隣の椅子を見るけど……いつもそこにいてくれた王様は、いない。 一応、後ろにはニシヒロ先生が、侍従と一緒に控えてくれているけど……王様がいないのは、とても不安、だ。 王様がいない間、謁見は全部お断りする予定だった。でも、王様がいなくても、オレが代わりに話を聞くだけでいいっていう人が、意外に多くてびっくりした。 その内の一人が、目の前にいる使者だ。湖の、すぐ向こう側の国の貴族。 彼はこの間……チヨちゃん到着で城中がざわめいた時、この部屋にいた。だからかな、何かピンときたらしい。 「国王陛下は、先日言っておられました『奥向きの話』とやらのせいで、首都に戻られたのではありませんか?」 いきなりズバッと訊かれて、一瞬返答に困った。使者は、更に言った。 「王妃様のお立場をおびやかすような、どこかの姫君がご妾妃になられたのでは?」 「そ……んな、ことはありません」 しどろもどろのオレに代わって、後ろに控えていたニシヒロ先生が、凛とした声で言った。 「失礼な物言いはお控え下さい。それに、お言葉を返すようですが、たとえ後宮にどなたかがお入りになったとしても、陛下のお手がつかれぬ限りは、ご妾妃とは呼びません。もっとも、そのような事実はございませんから、ご心配にも及びませんが」 けど、使者はにこっと笑っただけで、「それは失礼いたしました」と頭を下げた。 そして、こう言ったんだ。 「では、お詫びのしるしに、花火を献上させて頂きたいのですが」 花火は……本当に見たことがあった。 勿論、旅芸一座にいた時だ。ただ、ずいぶん昔の話なので、どこで見たのか思い出せない。 口を開けてぼんやりと、空を見上げていた気がする。 「湖の方から上げさせて頂ければ、水面にも花火が映りまして、大変美しいかと存じます。王妃様方は、お外にお出ましにならずとも、バルコニーからご覧頂けますし」 水面に映る花火……。それはきっと、きれいなんだろう。 けど、これって、オレが決めていい事なのかな? すごく大がかりになる、よね。 オレは、ニシヒロ先生の方をちらっと見た。そしたら先生は、にこっと笑って、もっかい前に出てくれた。 「大変ありがたいお申し出ですが、そこまでして頂くのも恐縮ですね。何もお返しできませんので」 そしたら、使者の人もにっこり笑って、軽く頭を下げて言った。 「いえいえ。私は、ただ王妃様をあ慰めしたいだけでございます。国王陛下がお一人で首都に戻られ、さぞお淋しい思いをされておられるのではと、お察ししますれば」 それに……と、使者はオレに優しく笑った。 「よそ様方のどんな贈り物より宝石より、我が国の花火によって王妃様がお元気になられましたら……それが何よりの幸いでございます」 それはやっぱり、政治的な事なのかな。それとも、政治的な事を理由にした、ご厚意なのかな? どちらにしても、即答で断っちゃいけない気がした。 「お、返事は、後でもよろしいでしょう、か?」 オレがそう言うと、使者はにっこりと頭を下げて、「勿論でございます」って応えた。 奥に引っ込んでから、王様の側近の人達に、話し合って貰った。 オレの意見も勿論訊かれたので、思ったことを素直に言った。 「あの、お断りしてしまうのも、申し訳ない、です。でも、できたら、王様と見たい、です」 一人でいるオレを慰めるために、って言ってくれてるのに、王様と見たいって言うの、失礼かな? でも、きっと、一人で見る花火は、寂しいと思うんだ。きれいでも寂しいと思うんだ。 王様と二人、バルコニーに並んで見たいんだ……。 「では、1週間後に、とお願いしますか?」 ニシヒロ先生がオレに訊いた。 「陛下は、1週間後にお帰りでしょう。しかし、その日程は先方に知られていません。1週間後なら都合がよいから、と、お伝えなさいますか?」 「は、い」 オレがうなずくと、ニシヒロ先生はにっこりうなずいて、会議室へと入って行った。 チヨちゃんが、宮殿からこの城にたどり着くまで、3日3晩かかったんだって。 途中、馬に水飲ませたり食事させたりしたけど、殆ど休みなく走って、そんだけかかったんだって。 じゃあ、王様は……? 王様や近衛兵の馬は軍馬で体も大きくて体力もある、から、もうちょっと早いかな? でも、王様を不眠不休で走らせるなんてできない、から、一緒ぐらいかな? だったら、やっぱり往復で1週間、なんだ。向こうで何も揉めなくて、後宮の姫君達を全部追い出して、それですぐにとんぼ返りして、1週間。 1週間後に……王様と一緒に、花火を。 「さあ、王妃様。お疲れでしょう」 キクエさんが、オレをお茶に誘った。花と果物の、いい香りのする温かいお茶。 いつもなら、ほっとリラックスできるのに、何でだろう? オレはもやもやとして落ち着かなくて、にこっとも笑えないで、窓の外を見た。 陽はまだ高い。 1日目すら、こんなにも長い。 ――王妃様のお立場をおびやかすような。 ――どこかの姫君が、ご妾妃に。 ――ご妾妃、に。 他国の王女が――。 オレは目を閉じて、ぶんぶんと首を横に振った。 そして、泣きそうになるのを誤魔化すように、カップのお茶をぐいっと飲んだ。 喉も胸も焼けるように熱いのは、これはだから、お茶のせい、だ。 お茶のせいだと、思うコトにした。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |