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小説 3
くろがね王と黄金の王妃・6
 見送りは正装で、って言われて、大急ぎで顔を洗い、口をすすぎ、身支度を始めて貰った。
 ホントは全速で走りたかったけど、そういう訳にもいかなくて、オレは優雅に、でも精一杯の早足で、王様の元に向かった。

 王様は夜の間に旅支度を進めて、大広間で出発の準備をしてるんだって。
「何で、そんな、急に?」
 オレが訊くと、キクエさんは困ったように微笑んだ。
 何も言ってくれないのは……何も聞いてないからかな、それとも、言いにくいコトだから、かな?

 不安をごまかすようにギュッと手を握りしめて、大広間の前に立つ。近衛兵がオレに一礼して、扉を大きく開けてくれた。
 王様は王冠だけを着けない準正装で、側近や兵士たちの前に立っていた。
 響きのよい声を張り上げて、何かを指示してるみたい。苛立ってるのかな、横顔がちょっと厳しくて、声も何だかとがってる。

 けど、オレに気付いてこっちを向いた王様は、「レン」とオレを優しく呼び、両手を広げて迎えてくれた。
 走っちゃダメって分かってたけど、我慢できなくて、王様の胸に飛びついた。

 だって、オレ、何も聞いてない。
 どうして王様が、いきなり宮殿に帰ることになったのか。
 どうしてオレが「見送り」なのか。
 どうして……一緒に帰ろうって言って貰えないのか?

「そんな顔するな」
 王様は、胸に飛びついたオレを、息が止まるくらい強く抱き締めてくれた。
「すぐ戻る。絶対だ。オレを信じろ」
 信じろ、と言われて……オレは王様の真っ黒な目を覗き込んだ。
 ふと、初めて会った夜のことを思い出す。
 あの時オレは、王様を信じて踊ることしかできなかった。今は、王様を信じて待つことしかできない。
 信じないという選択肢は……ない。

「信じ、ます」

 オレがそう応えると、王様は優しい目をして「おー」と言った。
 そして、急に帰ることになった理由も、簡単に説明してくれた。 
「まさか、新婚旅行中にお前を放って戻るとは思ってねーだろうからさ。今なら、大臣も油断してるハズだ。それに……」
 王様は一度言葉を切って、オレの頬に大きく温かい手を添えた。

「お前の後宮に、よその女どもを一日でも長居させたくねーんだよ。居つく前に全員、帰らせる。約束だ」

 オレの目をまっすぐ見下ろし、誓うようにそう言って、王様はオレに口接けた。
 皆の手前だからかな。唇が触れるだけの優しいキス。

 全員、ってとこを強調したのは、多分……他国の王女のことを指してるんだろうって、何となく分かった。
 その王女がいる為に、書状とか使者とかを送るんじゃなくて、王様本人が行かなきゃならなくなったんだ、な、きっと。
 だったら……オレの為なんだったら。行かないで、とか、わがままも言えない、よね。
「どのくらい、お待ちすれ、ば、いいです、か?」
 オレは下を向いて尋ねた。
「すぐだ。10日……いや、1週間もかからねーだろう」

 1週間は、すぐじゃない……とは言えなかった。


「整列!」
 近衛隊長の号令が、大広間に響いた。
「私以下、第1小隊は陛下を護衛して宮殿に帰還! 残りの者は、引き続きこちらに残り、王妃様の護衛ならびに城の警護を命じる!」
「はっ!」
 近衛隊長の命令に、大広間中の近衛兵が、一斉に手を胸に当てて敬礼した。

 王様はオレの腰に手を当て、オレを連れて近衛兵達の正面に立った。
 兵士達が、一斉にひざまずいて頭を下げる。
 王様は全員を黙って見まわし、低い、耳に心地よい声で言った。

「オレは急いで宮殿に行き、用事を済ませ、またすぐに戻って来なきゃならねぇ。隊長以下、第1小隊の者には強行軍になるだろう。また、残りの者には、我が妃の命を、信じて預けることになる。任せていいか?」

 王様の言葉に、皆が口を揃えて「はっ!」と応えた。その声は、大広間中をビリビリと震わせた。
 兵の前に立ち、命令を下す王様は、とても堂々として格好いい。完璧な支配者で、優れた国主だ。
 王様が身にまとうのは、黒いシャツに黒いズボン、乗馬用のブーツに、長身に似合う長いマント。そして腰には、くろがねの剣。
「レン……王妃」
 くろがねの王は、オレをそう呼んで、皆に聞こえるよう、大声で言った。

「後を頼む」

 ああ、委任の儀だ。オレは、何て応えればいい?
 お待ちしています、でもなくて。心細いです、でもなくて。不安です、でもなくて。
「お任せ下、さい、ませ」

 オレがそう応えると、王様は精悍な顔で笑ってうなずき、マントをひるがえして一歩進んだ。
「出発!」
 近衛隊長の号令とともに、近衛兵が立ち上がりザッと左右に分かれて花道を作った。
 王様がその間を通って行く。長いマントをひらめかせ、オレの方を振り返らずに。
 そのすぐ後に近衛隊長が続き、そして花道を二人が通るごとに、その花道の両側から兵士が進み出て、王様たちの後に続く。
 大広間の大扉が開けられる。
 その扉を、ためらいもしないで、王様達は出て行った。

 オレは……残りの近衛兵の前に、ひとり取り残されて、ごくりと生唾を呑んだ。
 大丈夫、皆、味方だ――。
 その証拠に、ハナイ君の顔も、イズミ君の顔もある。大丈夫。
 冷たく震える手をぎゅっと握り締め、オレはすうっと息を吸った。そして、1つ吐き、皆の顔を見まわした。
「王様の留守を、一緒に守って下、さい。頼み、ます」
 言いながら、カーッと顔が赤くなる。

 王様の側で黙っているだけなら、注目を浴びたって平気になってたのに。王様がいないだけで、どうしてこんな、いたたまれない気分になるんだろう。

 オレの言葉に、近衛兵の皆は一斉に敬礼して、「はっ!」と応えた。
 大広間がまた、ビリビリと震えた。

(続く)

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