[携帯モード] [URL送信]

小説 3
魔法使いが海に行く・後編
 海に行くったって、勿論、無人島まで行く訳じゃない。
 オレが行けって言われたのは、観光地。っていうか、景色のよさそうな砂浜。
 景色がいいとこならどこでもいい、ってミハシは言ったけど、でも実際行くのはオレだしね。ここはやっぱり、一番近い、東の海だと思うんだ。

 歩いたり、荷馬車に乗せて貰ったり、馬車に同乗させて貰ったりして、2ヶ月。
 ようやく景色のいい海辺を見つけて、宿を取った。
 宿って言っても、旅館みたいなご大層なんじゃなくて、テントだか物置だかよく分からない感じの、小屋だ。

 だってさ、普通の旅館とか宿屋とかは、どこもいっぱいだったんだよ。
 そして、海も人でいっぱい。
 まあオレは海に行きたかったんであって、泳ぎたい訳じゃなかったし。
 そもそも海に行きたいって思ったのだって、城の屋上のむさ苦しい光景が、イヤになったからだけだし。
 だから本来、賑やかな海岸の様子とか、水着ギャルとか見れて、大満足のハズなんだけど……。

 何ていうのかな、この物寂しさ。
 最初の「うひゃーっ」ていう感動を過ぎるとね。海って、うん、凄いしきれいだし賑やかなんだけど、一人で来る所じゃないね。
 可愛い女の子とかじゃなくてもいいからさ、ミハシでも、この際アベ王でもいいからさ。一緒に「スゴイねー」「楽しいねー」って、言い合いたいよ。

 はあー。
 オレはがっくりして、とぼとぼと宿に戻った。
 2ヶ月掛けて一人旅して、分かったのは「一人で遊ぶ海の寂しさ」だなんて。
 ホームシックかな、オレ。
 ため息をつきながら、持たされた魔法書を出す。

 オレだってね、2ヶ月間、ただボーっと旅をしてた訳じゃないんだよ。一応、呪文暗唱のノルマもあるし。
 あと、魔法陣の書き方のテストって言ってた。これができないと、城に帰れない。
 ね? うちの師匠は、優しいフリして、たまにスパルタなんだ。

 魔法書に挟んでた、4つ折の紙を開くと、そこには複雑な魔法陣が描かれてる。
 これ、ミハシが創った転移陣だって。A級魔法だよ。
 一般に知られてる転移陣は、地面に描くんだけど、これは扉に描くんだ。そしたら、扉と扉同士、簡単に空間が繋がるんだって。
 ミハシはさー、無人島修行の間、これ使ってこっそり街に帰ってたんだね、多分。そりゃー、そんな裏技使ったら、無人島ライフも楽しいよね。
 
 これと同じものを、この宿の扉にも描くんだって。勿論、すぐに落ちるように、木炭か何かでね。
 そして、渡された呪文を、正確に詠唱する。それがテスト。
 なんだけど……。
 うひー、意外に難しいよ。何度やっても、成功しない。さすがA級魔法。
 何度も陣を書き直して、何度も呪文を唱え直して。魔法陣がやっとピカッと光ったのは……そろそろ日付が変わろうかって頃だった。


「ただいまー、ミハシ! やったよ、オレー!」


 ガチャっと扉を開け、大声で叫んで……。
 あー、って目を逸らす。
 そして、中に入らず、そっと静かに扉を閉めた。

 勿論、魔法はうまくいった。
 扉の先は、ちゃんと城の塔だった。
 塔のベッドには、ミハシもいた。
 ……ただ、一人じゃなかった。

 うん、2ヶ月、留守にしたからね。
 2ヶ月あったら、何かが変わっててもおかしくはないよね。
 はあ、何だかなー。
 この物寂しさは、一体何なんだろうね。

 そう思うと、どっと疲れが出て。ベッドに入るや、ぐっすり眠った。



「ミズ、タニ君。ミ、ズタニ君、起き、て」
 優しく体を揺すられて、オレは翌朝、目を覚ました。
 目の前には、ミハシがいた。
 あれ、何だろう。部屋の中が、すっごいオレンジ色。
「早く、外出て。一緒に見、よう!」
 ぐいぐいと手を引っ張られて、宿の扉から海岸に出る。
 そして。

「う、わー!」

 思わず声を上げた。
「やっと起きたのか」
 海岸に立つ王が、いつもの嫌味な口調で言った。
 でも、全然気にならないよ。それどころじゃない。
 朝日だ!
 水平線の向こうから、空と海を染めて、金の太陽が昇ってくる!
 
 城の上から見る朝日も、山の稜線を染める朝日も、地平線から昇る朝日も……オレは見たことあったけど。
 でも、こんなゆっくりと、ホントに生まれてくるみたいな太陽は、初めて見た。
 まっさらな朱金の光の中、若き王がたたずんでる。その隣には、大陸一の白魔導師。純白のローブを朱に染めて、しっかりと前を向いている。

 
 オレはきっと、死ぬまで忘れない。
 この日、この3人で見た、この朝日のこと。
 「スゴイねー」「キレイだねー」って言い合ったこと。

 うん、海に来て、良かった。

  (終)

※みえ様:フリリクのご参加、ありがとうございました。「漆黒王子が街を行く、の数年後のラブコメ」ラブはともかく、ちょっとコメディ色が薄いような気もしますが、いかがだったでしょうか。気に入って頂ければいいのですが。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!