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小説 3
My Dear My Baby・3 (完結)
 何だ、これ?
 まな板の上の惨状を見て、ギョッとしたが、隆也はできる限りの穏やかな声で、廉に訊いた。
「これ、何作ってんの?」
 廉はひくっと小さく息を吸い、震える声で答えた。
「わか、んな、い」
 と同時に、野菜の上に、ぽたぽたと涙が落ちた。

「取り敢えず、ちょっと、包丁置け。な?」
 隆也は、廉の手から包丁をもぎ取り、キッチンから連れ出した。
 微塵切りの山も怖いが、それよりも、集中できてない状態の廉に、包丁を持たすのはもっと怖かった。

 リビングのラグマットの上に、取り敢えず座らせる。
 キルト生地のラグには、そんなに保温効果はなかったけれど、フローリングの上よりマシだろう。

 ちょっと冷んやりとしたラグの上に、廉と向かい合って隆也も座った。
 緊張に、ごくりと唾を呑む。
 大事な問題だ、よく考え、話し合わないと。
 後悔は、できないのだから。

「廉、もっかい訊くけど」
 隆也は、穏やかに話し続けるために、深呼吸を一度した。
 昔から隆也は短気で。すぐ廉を怒鳴りつけて、泣かせてしまう事が少なくなかった。今でも、まだまだそんな感じだけど、今だけは、短気は禁止。
 そして、優しく訊いた。

「ホントに、産みたくねぇの?」
 廉はまた、うつむいたまま、うなずいた。
「何で? 欲しくねぇ?」
「ほっ……しく、ない……っ」
 涙声を聴いて、隆也は悟った。

 ……ああ、嘘だ。 
 何でか、廉は嘘をついている。
 きっと、考えすぎている。

「何で嘘言うんだよ?」
「うっ、そじゃない」
 廉は強情にも、ぷるぷると首を横に振った。
 けど相変わらず、隆也と目を合わせない。

 はっとした。
 原因はオレか? ……そう思って。
 
「オレ、そんなに頼りねぇ?」
 確かに、定職に就いてないけど。いつまでもフリーターなんて、やってられないだろうとは思ってるけど。
 未来に希望が見えないのを、こっそり苦痛に思ってるけど。でも。
「お前と子供ぐらい、どうやっても食わせてってやるよ。信用できねぇ?」
 廉は、うつむいたまま、かすかに首を振った。

「じゃあ、何でっ?」

 つい大声を上げてしまって、隆也はしまった、と口元を押さえた。廉は飛び上がる程に驚いて、一瞬だけ、隆也の顔を見た。
 けれど、その目をすぐに伏せて……。
 もう一度、震える声で言った。

「う、みたく、ない、からっ」

 くそっ。
 隆也は心の中で、悪態をついた。
 何でそんな嘘を言うのか、理解できなかった。涙が出た。

「お前がそうでも! オレは、オレ達の赤ん坊、殺したくねーよ!」

 ガン! とローテーブルを叩くと、目の前の廉が、びくんと震えた。
 ああ、また、短気起こしちまった。
 ちらっと思ったが、腹が立ちすぎて、謝る気にもなれなかった。

 やがて、廉が小さな声で言った。
「殺、す……?」
 隆也はスン、と鼻をすすり、感情を抑えて応えた。
「そうだよ。殺すってことだろ。そんでいーのかよ?」
「よく、ない……」
「だったら!」
 隆也は、廉を強く抱き締めた。両腕に力を込めて。骨が折れるくらい、強く。思いが伝わるように、強く。
「だったら、産んでくれ!」
「で、もっ」
 廉は、隆也の肩口に顔を寄せ、泣き声で言った。

「た、隆也さん、嬉しそうじゃ、なか、った」

 隆也は、え、と思った。驚いて、腕を緩める。 
 廉は隆也の胸にしがみつき、顔を伏せて、もう一度言った。
「け、今朝。流しで、吐い、ちゃった、時。隆也、さん、ちっとも! 嬉しそうじゃ、なかった!」

 そして廉は、うわあ、と子供のように声を上げて泣いた。隆也はその頭や背中を撫でてやりながら、苦笑して、ため息をついた。
「オレ、嬉しかったけど。気付いてなかったのか?」
 廉は首を振って、「嘘だっ」と叫び、また泣いた。

「何だよ、じゃあ、抱き上げてくるくる回ればよかったか?」

 隆也は立ち上がり、手を引いて廉も立たせた。そしてその腰をしっかり掴んで……抱き上げて、くるくる回ってやった。
 喜びも感謝も。ちゃんと伝えようとしなければ、伝わらない。伝わらなければ、意味がない。
 こんな誤解やすれ違いは、今まで何度もあったし、多分、これからもずっとあるんだろう。
 どちらが悪い訳でもなく。それが廉で、それが隆也だ。

「ふ、ひ」
 ようやく笑顔になった妻を抱き締め、隆也は苦いキスをした。そして、耳元で甘く言った。

「晩メシ、何?」

「野菜ハンバーグ、ですよー」
 廉は涙を拭きながら、キッチンに戻った。そして冷蔵庫から、グラム68円の合いびき肉を取り出して、微塵切りの野菜を豪快に入れた。

  (完)

※ちはる。様:フリリクへのご参加、ありがとうございました。「結婚し、貧乏暮らしアベミハ」ですが……シリアスに書いてしまいましたけど。子作りしちゃった後なんですけど。気に入って頂ければいいのですが……。

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あきゅろす。
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