小説 3
くろがね王と黄金の王妃・5
散歩から帰っても、王様達はまだ議論を続けていた。
そんなに難しい問題なのかな。
王様が「出て行かせろ」って命令してもダメなのかな?
王妃が「出て行け」って言っても、出て行ってくれないのかな?
姫君達の後ろ盾は……王や王妃が「イヤだ」って言っても、排除できないくらい強力なのかな?
……どうしてこんなに、イヤな予感しかしないのかな?
「王妃様」
キクエさんが、気遣うようにオレを呼んだ。オレはハッとして、目の前のハナイ君達に目を向けた。
ハナイ君もイズミ君も、片膝をついてオレの対応を待っている。ああ、オレがいいって言うまで、護衛任務が終わらない、のか。
「あ……ありが、とう」
オレが声を掛けると、ハナイ君が頭を下げて言った。
「では、何か分かりましたら、ご報告致します」
「頼み、ます」
オレが言うと、ハナイ君とイズミ君は声を揃えて「はっ」と頭を下げた。
何か分かったら、って言うのは、さっき見たボートのことだ。
この辺りはお城に近いし、王家の領地だから、立ち入り禁止なんだって。
ここに自由に入れるのは、魚や鳥なんかの動物と、オレ達王家側の人間、そして湖の管理人くらいだって。
管理人のボートならいいんだけど、それでも、王妃の散歩するエリアに、そんなものを放置してあるのは良くない、ってハナイ君は怒ってた。
「大体、管理人の物と決まった訳ではありません。密漁者が隠したのかも知れませんし、或いは、隣国からの亡命者が乗り捨てて置いたのかも。いや、もしかしたら、中に殺人鬼が潜んでいて、誰かが近付いたらガバッとボートを跳ね上げてグサッと……!」
「考えすぎじゃね?」
イズミ君は冷静に呟いていたが、ハナイ君は大真面目なようだった。
「考えられる可能性を全て潰さないと、私は安心できません!」
そこまで言われれば、放っておくのもどうかと思って、オレはハナイ君に言ったんだ。
「では、調べて貰っても、いいです、か?」
近衛兵に、不審なボートを調べて貰う――これって、別に、オレが判断しても大丈夫なこと、だよ、ね?
ハナイ君はちょっと嬉しそうに、「承知致しました」って応えた。
「ハナイの心配性は、もはや趣味だな」
からかうようにイズミ君に言われても、ハナイ君はむしろ、自慢げに応えた。
「近衛兵は、心配性なくらいで丁度いいんだよ」
そして、照れたように、コホンと咳払いを一つした。
オレは二人のやり取りを聞きながら、自分の無知と無意識に、こっそりとため息をついていた。
今まで別に不思議に思わなかったけど……そうか、この辺りは、立ち入り禁止区域、なんだ。
そう言えば、向こう岸の方にしか一般の人はいない、かも。
もう何度も散歩したし、釣りだってしたし、バルコニーから朝晩眺めてすらいたのに……誰もオレに、積極的に教えてくれようとはしなかった。
知ろうとしなければ、ずっと知らないままだった、の、かな。
それって、ちょっと怖い、な。
小さなことにも、ちゃんと目を向けて気に留める癖をつけた方がいいのかな、って、オレはその時、初めて思った。
王様には夕飯の時にちょっとだけ会えたけど、ゆっくりお話はできなかった。
「レン……」
王様はオレを膝に抱き、ぎゅーっと抱き締めて、ため息をついた。
いつも自信に満ちて、堂々と顔を上げてる姿しか見ないから、こんな困ってる王様はホント珍しい。
「他国の王女まで呼んでたらしーんだ、あの大臣」
「え……」
王様の言葉に、オレも返す言葉が見付からなかった。
この国の貴族の姫だけなら、やっぱりオレが思った通り、王様が「出て行け」って言ったんで良かったんだ。
でも、他国の王女は……そんな訳にいかない、よね。
どうするの、かな?
オレの心を読んだように、王様が優しく頭を撫でてくれた。
「そんな顔するな。オレには、お前だけだ」
そしてワインをぐっとあおり、オレに口移しで飲ませてくれた。
ワイン味のキスと、ワイン味の王様の舌は、酔っちゃうくらい甘くて切なかった。
「先にベッドで待ってろ。さっさと論議終わらせっから、また後で、一緒に呑もうな」
そう言って、オレのこめかみにちゅっとキスして、王様はまた執務室に戻って行った。
オレはお風呂に入って、またマッサージして貰って、寝る前に歴史の本を読んだ。
今まで、ニシヒロ先生との勉強が不満だった訳じゃないんだけど……今日はまるっきり勉強できなかったし、その上、湖のことで「勉強しなくちゃ」って気になってて……何ていうか、気がはやってた、のかな。
侍女に頼んで持って来て貰ったのは、この辺りの歴史が、簡単に載ってる本。
この城がいつできたかとか、国境はいつ決まったのかとか、戦争はずっとなかったのかとか……。
いろんなことを一度に勉強するのは無理だから、ちょっと気になったことを、ちょっとずつ勉強できればいいなって、そう思った。
そうして、燭台の明かりの下で本を読みながら、ベッドサイドにワインを用意して、王様が戻って来るのを待っていた。
寝ないで待ってるつもりだった。
でも、目を覚ましたら朝になっていて――。目の前には王様じゃなくて、オレを揺り起したキクエさんがいた。
そして、その場で聞かされたんだ。
王様が急きょ、宮殿に戻ることになったって。
(続く)
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