小説 3
くろがね王と黄金の王妃・4 (書き換え)
※リク主様のご依頼により、こちら(元・没バージョン)を正式な第4話とさせて頂きます。混乱を招きまして、申し訳ございませんが、ご了承頂ければ幸いです。
チヨちゃんが到着した時、オレも王様も謁見の間で、隣国の使者の話を聴いていた。
湖を挟んで、すぐ向こう側の国の使者だ。
オレは旅芸一座時代に、何度かその国に行った事があったけど、その使者は知らない顔だった。つまり、その人の屋敷には招待されたことがないんだ、な。
知った顔の貴族だったら、オレの顔は覚えてなくても、少しは会話ができたと思うんだ。でもそうじゃなかったから、結局何も話せなくて、オレは王様が話してるのを、隣で聴いてるだけだった。
そうしてる内に、何だか外がざわざわしてきて、使者の人が話すのをやめた。
後ろに控えてた侍従が、素早く様子を見に行ってる間、謁見の間には妙な沈黙が流れて、すごく居心地が悪かった。
王様が怒ってるって、顔を見なくても分かる。だって、空気がピリピリしてるし。
オレは王様を見て、使者の顔を見て、侍従が出てったドアを見た。いつもの癖で、キョドキョドしちゃってたんだろうか、王様が静かにオレを叱った。
「王妃、落ち着け」
「は、はい。申し訳、ございません」
名前じゃなくて「王妃」って呼ばれて、仕事中なんだって自覚する。
そ、そうか、自国の貴族とかの前ならともかく、今目の前にいるのは、他国の使者、だ。立派なとこ見せないと、舐められたりしちゃダメなんだ、な。
そうしてる内に、すぐに侍従が戻って来て、王様に短く耳打ちをした。
王様は顔をしかめ、「捨て置け」と手を振った。
「しかし……」
侍従は、何故かオレの方を見て、ためらってる。
「何か問題でも?」
使者の人が、興味深そうに尋ねた。
王様は……ため息をついて、不愉快そうに、それに応えた。
「実に下らない、奥向きの話だ」
一瞬、王様が何を言ってるか分からなかった。
え、と、奥向きの話って……何のこと、かな?
「知らせて来たのが、王妃に忠義な侍女だった為、騒がしいことになったようだ」
王様は怒ったような口調のまま、オレの方をちらっと見た。
侍女の不始末は、オレの不始末、ってことになるのか、な? でも、侍女の皆が騒ぎを起こすとか、考えられない、ぞ。
オレはやっぱり、王様の言葉が理解できなくて、でもさっき叱られたばかりだから、キョドることもできなくて、ただ黙って下を向いた。
王様はその後も、謁見の予定をお昼までこなすつもりみたいだった。
でもオレは、隣国の使者が退出した後、下がっていいって言われて奥に戻った。
そして、そこにいるハズのない顔を見て、びっくりした。
「う、え、チヨちゃん?」
だって、チヨちゃんは首都の宮殿で、後宮の留守を守ってくれてるハズ、だよね?
どうしたの、って訊きたかったけど、チヨちゃんはよっぽど無理して来たのか、ぐったりと眠ってしまってた。
王様の言ってた「王妃に忠義な侍女」って、チヨちゃんのことだったの、かな。
そっか。考えてみれば、キクエさん達ベテラン侍女が、王様を怒らせるくらい騒がしくするハズないもん、ね。
でも、宮殿にいるハズのチヨちゃんが、こんな疲れてまで知らせに来たんだから、相当大事な話なんじゃないのか、な。
王様は、「奥向きの下らないこと」って言ったけど……。
「あの、何があったんです、か?」
オレが恐る恐る尋ねると、キクエさん達は困ったように、顔を見合わせた。
そして、教えてくれたんだ……後宮がのっとられたって。
「あの大臣の差し金ですわ!」
「この旅行を待っていたのに違いありません」
侍女たちは、口々にそう言って怒った。
「なんて小賢しい男でしょう!」
どうやら、オレ達が旅行に出かけてすぐ、後宮の中に数人の「強力な後ろ盾を持つきちんとした姫」達が、次々に入って来たらしい。
勿論手ぶらじゃなくて、それぞれ豪華な支度を整え、大勢の侍女たちを連れて。
オレは正式な王妃だから、オレの使ってる辺りとか王様の居室辺りなんかは、さすがに大丈夫だったみたいだけど……でも、それ以外のほとんどの部分を、姫達に占拠されたんだそうだ。
下らない奥向きの話だと……王様がため息をついたのを思い出す。
姫達は、何しに入って来たのかなぁ?
大臣に頼まれて来たのかな? それとも、大臣に頼んで来たのかな?
やっぱり、王様を狙ってるのか、な?
若くてきれいな侍女が入って来るのだけでもイヤだったのに、姫君なんて、どうすればいいのかなぁ?
その姫達を追い出す権利、オレに無いのかなぁ?
「出て行って」って言っちゃダメかなぁ?
「大臣はあろうことか、『姫君達と御一緒がお嫌なら、王妃様はどうぞ西の城にお残り下さい』などと申したらしいですわ」
「なんて失礼な!」
「不敬にも程がありますわ!」
侍女たちが、自分のことみたいにプリプリ怒ってくれたので、気持ちがちょっとだけ楽になった。
けど――。
「陛下だって、きっと黙っておられませんわ」
「そうですわ、だって王妃様は愛されておいでですもの」
「愛されてると、ご自覚されてらっしゃるでしょう?」
そうやって口々に言われれば言われる程、不安になっていくのは何でだろう?
さっき、隣国の使者の前で、ちらっと見せた冷たい態度と。いつもオレを甘やかしてくれる王様と。ギャップがあり過ぎて、何でかなぁ、すごく怖い。
もし、後宮に来た他の姫君達の前でも、そんな風に冷たくされてしまったらどうしよう?
どうしよう、すごく不安だ。どうしよう。
午前の予定がすべて終わり、王様がお昼に顔を見せるまで……オレはそういう暗いことを、ぐるぐる考え続けていた。
「レン、話は侍女から聴いたか?」
城の奥に戻ってきた王様は、オレを抱き締めて「心配するな」って言ってくれた。
「こんなふざけた真似は、許さない」
って。
そして、側近たちと執務室にこもり、夜までずっと議論してたみたいだった。
一方のオレは、落ち着かない午後を過ごすしかなかった。
王様が抱き締めてくれてほっとしたけど、やっぱり心は晴れなかった。
いつものように、ニシヒロ先生と勉強の予定だったけれど、胸の中がモヤモヤして、じっと座ってもいられなかった。
不安だった。
「王妃様、お散歩に出られませんか?」
オレを心配してか、キクエさん達がそう誘ってくれたので、特に行きたい訳じゃなかったけど、湖の周りを散策した。
今日はとても勉強なんてできなかっただろうから、散歩に出たのは良かったかも知れない。
ニシヒロ先生には、王様の側近として、執務室の方へ行って貰った。
散歩には、キクエさんの息子で近衛兵のハナイ君と、ケイコさんの息子で、やっぱり近衛兵のイズミ君がついて来てくれた。
この間、お忍びで街を歩いた時もこのメンバーだったから、少しは気が楽だ。
イズミ君は、役になり切ってオレに敬語使わないで、友達みたいに接してくれたのに、ハナイ君は結構真面目な人だったみたいで、どうしてもオレに敬語使っちゃって。「お前はもう黙ってろ」ってイズミ君に殴られたりしてたの、見てるだけで楽しかった。
王妃ってなんだろう。
今、王様をオレが独り占めしちゃってるけど、ホントは恐れ多い事だったのかなぁ?
そのうち、後宮の中に住むたくさんの中の、ただの一人になっちゃうのかなぁ?
後宮を占拠しちゃった人たち、皆追い出すことできるのかなぁ?
でも例えできなくても、オレ、王妃なんだから……王様と正式に結婚して、王冠も頂いて、玉座に座って……政治的なことに絡む立場なんだから、誰よりも「特別」だよね?
イチバンだよね?
でも、やっぱりそれじゃイヤだ、な。
贅沢なのかな?
王様を独り占めしたいなんて……身の程知らずなことなのかな?
オレは、結論の出ないことを、またそうやって考えながら歩いていた。
だから、ハナイ君が「おい」と声を上げた時、すごくびっくりして、顔を上げた。
けど、ハナイ君が呼びかけたのは、オレじゃなくてイズミ君で……その視線の先にあるのも、オレじゃなくて木立の奥だった。
ハナイ君が指した木立には、小さなボートが一艘、伏せられて落ち葉に隠されていた。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!