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小説 3
IDENTITY・9
 色々気に入らねーにせよ、『劫火』のお陰で、蛇塚攻略が上手くいったことには違いねぇ。
 魔法を使うたびに、過去を思い出して幸せそうな顔をされんのはイヤだけど、それももしかしたら断片だけで、全体を思い出してねぇからかも知れねぇし。
 今、ミハシの側にいるのはオレで……オレ達は、ちゃんと愛し合ってんだ。
 これから先、失敗と危機とにミハシが身を竦める時、守って助けてやるのは、このオレだ。

 次の日は、約束通りスペル・ショップに行った。
 ハマダから貰った金貨2枚で、前から欲しかった『呪文書』を二つ買った。

 『冷凍保存の呪文』を覚えて使った時、ミハシは首をかしげた。妙な事を思い出したんだそうだ。
 広くて暗くて、冷たい感じの豪華な部屋。
 重厚な勉強机。
 机の上には、たくさんの『呪文書』。
 ノルマ……。
「ノルマって何だ?」
「分、かんないけど、たくさん覚えなきゃいけない?」
 ミハシも半信半疑だ。
 だって、そんな過去、初めてだもんな。


 『瞬間帰宅の呪文』を覚えた時なんか、すぐには使いこなせなかった。
 こんな事は初めてで、オレの方も困惑する。
 ひょっとしたら、「前のミハシ」が知らなかった呪文なんかな?
 けど、数日かけて練習して、やっとオレらの家まで帰れるようになってから……ミハシは「あっ」と呻いて、涙をこぼした。
「思い出した」

 知らない、冷たい、大人たちの群れ。
 上から見下ろす、幾つもの灰色の影。
 帰る家はもうないから。この魔法は、使えない……。

 ミハシが、ドシンとオレにぶつかって来た。そのままギュウッとしがみついて、肩を震わせ、すすり泣く。
 オレはやさしく抱き締めて、柔らかな頭を何度も撫でた。
「お、オレの家、は、ここで、いいんだ、よねっ?」
 小さくしゃくりあげながら、ミハシがオレの肩口を濡らした。
 家――帰る場所。
 オレ達の住むこの場所が、オレ達の「家」だ。
「いいに決まってんだろ!」

 嬉しかった。そして、切なかった。
 「家」を持てなかった、過去のミハシが切なかった。
 冷たい場所、ってのは親戚の家なんかな? だったら、そんなとこに戻る必要ねーし。
 ……と、そこまで考えて、ギョッとした。

 戻る!?

 もし記憶が戻ったら……こいつはどこに帰るんだ?
 全部思い出して、それでも、この家が「家」だって、言ってくれんのか?
 オレに抱きついて、すすり泣いてる恋人を見る。
 細い肩をやんわりと掴んで顔を寄せると、応じるようにオレを見上げる。涙味のキス。

 出会って3ヶ月。
 一緒に暮らし始めたのは、多分ただの同情からだった。でも、同じ部屋で寝起きする内に、いつしか抱き締めてぇと思うようになっていた。
 抱き締めればキスしてぇと思い、キスすれば、もっと先が欲しくなった。
 好きだった。愛してる。いつか失うかもだなんて、考えてもなかった。
「お前の家は、ここだ」
 口接けの合間に、強く囁く。逃がさねぇように抱き締める。
 きっとミハシは、考えたこともねぇんだろう。記憶を取り戻した先に……どんな事が起こるのか。



 それでもまたオレ達は、モンスターを狩ってはアイテムを採取し、売って稼ぐ事を繰り返した。
 『冷凍保存の呪文』のお陰で、熊胆みてぇな生アイテムの運搬にも困らなくなった。荒れ野で『劫火』なんか使わねぇから、ミハシが「誰か」のことを、更に思い出すこともなかった。
 ただ、『瞬間帰宅の呪文』以降、『呪文書』を一つも買ってなかった。

「ちょっと金貯めて、もう少し上級の『呪文書』買おうぜ」

 ミハシには、そう言ってある。
 勿論、まるっきり嘘って訳じゃねぇ。『雷雨』とか、そんなのはまだまだ買えねーけど、そろそろ上級魔法に手ぇ出してもいいと思うし。
 けど、やっぱ1番の理由は……怖かったからだ。
 新しく魔法を覚えられんのが怖ぇ。また何かを思い出されんのが怖ぇ。
 オレより過去を選ばれんのが怖ぇ。

「ファイヤーボール!」
 ミハシが叫び、モンスターをまた消し炭にする。
「こーら、勿体ねぇ」
 口では怒るが、内心はちょっとほっとしてる。
 いつものこいつに、ほっとしてる。
 だって怖ぇ。
 こいつがもし積極的に、金を稼ごうとし始めたら? もし片っ端から『呪文書』を買い漁り、過去を取り戻そうとし始めたら?

 オレに、嫌がる権利なんてなくねーか?



 『劫火』をゲットしてから数週間経った、ある朝のことだった。
 ドンドンドンドン!
 激しく戸を叩く音で、目が覚めた。
「はい?」
 下着とズボンだけ履いて、取り敢えず鍵を開ける。
 と同時に、勢いよく戸を開けて入って来たのは、「赤い閃光」だ。いつもながら、落ち着きがねぇ。

「アベ、起きてたか!」
「お前に起こされたんだよ」
「そっか、悪ぃ!」
 全然悪ぃとも思ってねぇような口調で、主にタジマがわーわー言ってる間に、服を調えたミハシが、奥の部屋から顔を出す。
「あ、おはよう、タジマ君」
「はよ、ミハシー!」
 タジマは素早くミハシに駆け寄り、ぐいっと肩に腕を回した。そして言った。

「なあなあ、掲示板、見た?」

 ……イヤな予感がした。

(続く)

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