小説 3
IDENTITY・8
ミハシの下手な説明を要約すると、こういう事だ。
炎が届くより、一瞬速く飛び立った黒い影。こちらに真っ直ぐ飛んでくるモンスター。
「わああああ」
恐怖に叫び、立ち尽くすミハシ。
けれど、その目の前に……背の高い誰かが立ちはだかった。
その誰かは長い剣を抜き、襲い来るモンスターを待ち構えて、切り捨てた。
そして振り向いて、ミハシに何かを言った……。
「何かって?」
「わ、分かんない」
ミハシは首を振った。
けど、昨夜みてーに、不安そうにしてねぇ。落ち着いた様子で、ハマダの墓参りを見守ってる。
ハマダのいう墓は、蛇塚の奥、大きな岩がゴツゴツと並んでる辺りにあった。
オレとミハシが背後を警戒する中、ハマダはざっと墓を掃除し、持って来た花を捧げて、祈る。
誰の墓なのか、何でこんな危険なとこにあんのか……ちょっと気になったけど、個人的なことだろうし、訊かねーことにした。
「『劫火の呪文書』持ってりゃ、一人で簡単にここ来れると思ったんだよ」
ハマダは立ち上がって、おどけた口調で言った。
「でも、全然使えなくてさ。高い買い物したよー」
「ふおお」
ミハシは感心したように、ハマダの話を聞いている。
けど、オレはそんな話より、ミハシが思い出した過去の事が気になった。
もう大丈夫って。
助けてくれた事、思い出したって……?
誰に?
誰が助けてくれたから、大丈夫?
つか、オレがついてるから大丈夫、なんじゃなかったんかよ?
夜にうなされてた、あの夢に出てくる奴と……助けてくれた誰かってのは、同じ奴なんか?
同じなんだろうな。
男なんか?
男なんだろうな。
もしかして、『火球』や『治癒』の時、一緒にいた誰かってのも、そいつなんかな?
ぐるぐると、そんなことを考えてたオレの耳に、ミハシの叫び声が響いた。
「アベ君、蛇だ!」
「どこだっ?」
咄嗟に剣を抜く。
蛇!? もう復活しやがったか?
「グランドファイヤー!」
はっと振り向いたオレが見たのは、さっきとは逆方向に広がってく炎。
モンスターに容赦しない魔法使い。
アイテムを採取するよりも……消し炭にすることを選ぶ奴。
いつものミハシだ。
昨日見せた動揺が、嘘のように消えてる?
もう、この呪文は怖くねぇのか?
何で? 失敗の記憶じゃねぇから?
……助けてくれた「誰か」の記憶にすり替わったか?
ミハシがうっすらと頬を染めた。
魔法の出来に興奮してんのか?
それとも、また誰かの記憶を……思い出したんだろうか?
昼メシを食った村の入り口で、ハマダと別れた。
「ミハシのこと、何か思い出したら、また知らせに行くよ」
ハマダが、握手しながらオレに言った。
「早く記憶、戻るといいな」
ミハシはその言葉に、「うん!」と元気にうなずいた。
けど、オレは素直にうなずけなかった。
昨日までは、早くこいつの記憶、取り戻してやりてぇって思ってたのに。
今でも多分、そう願ってるには違いねぇのに。
何でこんなにイラつくんだ……?
家に帰ってから、晩メシよりも先に、ミハシを抱いた。
押し倒して、組み伏せて、キスもしねぇで貫いた。
おしおきでも慰めでもねぇ、愛情表現でもねぇ、ただオレがスッキリしてぇだけのセックス。
イライラをぶつけるように、無茶苦茶激しく揺さぶった。
帰り道の、オレの様子がおかしいのに気付いてたんだろうか。ミハシは抵抗しねぇで、従った。
「捨てない、で」
「嫌いになら、ないで」
泣かれてから、はっとした。
「悪ぃ」
動きを緩めて、口接ける。キスは涙の味がした。
素直に言えれば良かったかな。お前の過去に嫉妬したって。
もう過去を、思い出して欲しくねぇんだって。
過去の記憶があっても、無くても。お前は多分「お前」のままで、オレは「お前」を愛してるって。
(続く)
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