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小説 3
くろがね王と黄金の王妃・3
 久し振りに王様と二人だけで食事をした。
 二人だと、王様はずっとオレの方を見てオレだけに話しかけてくれるし、オレだって他の人に話しかけられないで、王様だけ見つめてられる。
 やっぱり、二人っていいなぁ。
 勿論、お世話してくれる侍女はいたけど、皆、家族みたいなものだ、し。お母さんがいるなら、こんな感じかなあって思うんだ。
 特に、キクエさんとケイコさんは、息子さんが近衛兵だから、お城の中ですれ違ったりすることもある。
 そんな時は、親子の会話を直接聞いたりもできて、親子っていいなあって、やっぱり時々思うんだ。

 宮殿から西の城へと場所は変わったけど、いつもとそう変わらない、落ち着いた食事をして、ゆったりと愛し合って、また朝ごはんも二人で食べて……穏やかな時間をしばらく過ごした。
 でも、陽が高くなると同時に、謁見希望の貴族や有力者が訪れて、城の外に行列を作ってた。

 オレは目いっぱい着飾らされて、王様の隣の玉座に座った。
 足元まで隠れる長い衣に、金糸のベルト。たくさんの宝石の首飾り。宝石を縫い込んだ白いマント。それに、王妃の金の冠。正装だ。
 王様も正装だから、豪華な黒いマントに、金の王冠を戴いている。

「お前は何も喋んなくていーかんな」
 王様は、いつもオレにそう言ってくれる。
 甘えてちゃダメだなって思うけど、まだまだそういう謁見の時に、口を出せる程には勉強できてない。
 例えば……誰になら笑いかけていいかとか、ダメかとか。
 誰からの贈り物なら受け取っていいかとか、ダメかとか。
 そういうの、王様に一々訊かなくても済むくらいには、分かるようになりたいなぁ。
 午後の授業の時にそう言ったら、ニシヒロ先生は深くうなずいて、そうですねぇ、と笑った。

「陛下が不在の時は、王妃様が代理を務めなければなりませんからね。王妃様の判断で決めていい事と、陛下の判断を待たねばならない事と、そのくらいの区別はおできになった方がよろしいでしょうねぇ」

「そ、……そ、です、よね」
 オレはうなずきながら、心の中でちょっとだけ焦った。
 オレの判断で決めていい事、と、悪い事……の区別? な、何かいきなりハードルが高い、けど。
 と、いうか。
「王様が不在、って、……?」
 王様がお城にいないって事? そんな事、あるのかな?
 オレがお城にいるのに、王様がお城にいない……って事?

「例えば、戦争の時」

 ニシヒロ先生が、淡々と言った。
「せっ……」
 戦争? そんな物騒な話は、地方を巡ってても聞いた事がなかった。だってオレ達、国境を簡単に越えて、国内外を旅してたし。
 国境超えるの、そんな簡単なのに、戦争なんて起こりようがなくない、かな?
 オレの戸惑いを見て、先生は苦笑した。
「いや、例えばですよ。戦争なんか起こらなくても、例えば、こうした視察に、陛下だけで向かわれる事も今後はおありでしょう。今回は大臣に留守をお任せになりましたが、王妃様が頼まれる事もおありかと思いますよ」

 王様と……それは、別行動、ってこと、かな。
 そりゃオレだって、王様がどんなお忙しいかは分かってる。
 朝から晩まで会議中だったりもするし、執務室は書類の山だ、し。
 今だって、オレは奥に引っ込んで勉強させて貰ってる、けど、王様は謁見の行列に対応してる、し。
 でも……王様がお忙しいのと、王様が不在になるのとじゃ、やっぱり違う、よね。

 オレ、留守を預かるとか、できるのかなぁ?
 って言うか、それ以前に……王様と離れてしまうのは、イヤだなぁ。

 ニシヒロ先生が口にした「例えば」の話は、勉強の合間も、お茶の時間も、ずっと心に引っかかったままだった。


 その夜はまた宴会だった。
 宴会の前にはお風呂で念入りに磨かれ、バラの香油でマッサージされ、きれいにお化粧までされて、また目いっぱい着飾らされた。
 華やかな色の衣を着て、たくさんの宝石を身に着ける。
「まあ、お美しい」
「まあ、お似合いですわ」
 オレに着付けをしながら、侍女たちはいつもそう褒めてくれる。

 美しいのと、みにくくない、は大分違うとやっぱり思うけど、この国の王妃になっちゃったオレに、もう面と向かって「みにくい」って言う人はいない。
 唯一そう言えるのは、王様だけだけど……王様はいつもオレを甘やかしてばかりで、やっぱり着飾ったオレを、「キレイだな」って褒めてくれてばかりだった。

 支度して王様の元に行ったら、王様はふふっと笑って、「今日もキレイだな」って、また言ってくれた。
 王様にエスコートされて宴会会場に行くと、皆オレを見て、感嘆したようにざわめく。
 オレに見惚れてるんじゃなくて……やっぱり、オレの華やかな衣装や、豪華なたくさんの宝石に、皆、感嘆してるんだと思う。
 そりゃ、みすぼらしい格好で笑われたりバカにされたりするよりは、衣装だけでも褒められた方がずっといい。 

 キレイな宝石や、上等の絹の服には、ずっと憧れてた。
 でも、そんなたくさん欲しい訳じゃなくて、手に入れたかった訳でもなくて、ただ、身に着けてみたかったんだ。
 王様はオレに、たくさんの服やたくさんの宝石を贈ってくれる。
 初めはあまりに恐れ多くて、遠慮してたんだけど……そういうのを身に着けて人前に出るのも、王妃の役目の一つだって、キクエさん達に教わった。

 例えば、どこかの貴族から献上された宝石を……さっそく身に着けて見せるとか。普段使いとかじゃなくて、どういう重要な儀式の時に、誰からの贈り物を身に着けるか、とか。
 そういうの、今は王様や皆に任せっ切りなんだけど、そのうち自分でも判断しなきゃいけないのかなぁと思う。
 それに、そういう政治的な事だけじゃなくて、王妃を贅沢に着飾らせるのは、国がどれだけ豊かなのかの指針にもなるんだって。

 この国は、穏やかで豊かな国だ。近隣の国と比べても、多分、豊かだと思う。
 だって、旅をしてる間、王様の悪口って聞いた事なかったし。
 オレの大事な「くろがねの王」は、どこに行っても勇猛で聡明で、気高くて立派な……って、そんなふうに噂されていた。



 昼間は人に会ったり執務をしたり、オレの方は勉強をすすめたり。そして夜には宴会を開いて、多くの人前に姿を見せたり……そんな風にして、数日を過ごした。
 王様と馬に乗って、湖のほとりを散歩もしたし。
 約束通り、ニシヒロ先生と釣りにも行った。
 地味な服を着て、数人の護衛を連れて、お忍びで城の外も歩かせて貰った。
 忙しいけど、それなりに充実して楽しい日々を、そのまま過ごせると思ってた。

 首都からたった一人、不眠不休で馬を駆って、チヨちゃんがやって来るまでは。

(続く)

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あきゅろす。
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