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小説 3
IDENTITY・7
 西山は、町からそう離れてねぇ場所にある、低い山だ。オレがミハシを拾った川の、上流にあるような山々とは違う。
 けど、いくら危険度が低いったって、モンスターが出ねぇ訳じゃねぇ。
 そんなとこで野宿なんてのは真っ平御免なので、とにかくさっさと出発し、話は歩きながら聞くことにした。


 8年前。二人は幼馴染で、貧しい村に住んでいたんだそうだ。
 ミハシは、母親と二人だけで暮らしてた。
 父親はいなかったようだ、とハマダは言った。ただ、当時はハマダだって子供だったから、事情や何かを知ってるハズもねぇ。
 ハマダが覚えてるのは、よく遊んだ事。古い杖と、古い呪文書を持っていた事。一人で魔法の練習をしていた事。
 そしていつの間にか……ミハシもその母も、いなくなってしまった事。

「遠い親戚のもとに行ったって、うちの親に聞いた覚えがあるんだよ」

「親戚……」
 オレは、ハマダの言葉を反芻した。
「何か、思い出したこと、あるか?」
 ミハシに聞くが、ミハシは不安そうに眉を下げて、ゆっくりと顔を横に振った。
「そうか、まあ、気にすんな。今までどおり、地道にやろうぜ」
 ギュっと細い肩を抱き寄せ、頭の先に口接ける。
 ホントは、ちゃんと唇にキスしてぇところだが、依頼人の前で、さすがにそれはねぇだろう。
 ミハシも同じこと思ったみてぇで、オレのシャツの裾を、一瞬だけつんっと引っ張った。


 ふもと近くの小さな村で、ちょっと早い昼メシを食べた。
 ハマダはここで花を買い、オレ達は念の為に、毒消しの薬草を買った。
 『解毒の呪文』もあるんだろうけど、「今のミハシ」は持ってねぇからな。
 と、そういえば、昨日、結局スペル・ショップには行かなかったのを思い出す。
「今度は運搬系か移動系を買おうつってたけど、治癒系も欲しいよな」
「う? ……うん」

 ミハシは少し、上の空みてぇにうなずいた。
 ハマダと過ごした、子供時代の事でも考えてんのか?
 それとも……過去の事か?

 確かに、思い出したっつー失敗の話は、想像しただけで怖ぇ。
 モンスターが飛んで来て、悲鳴を上げて、それからどうなった? 
 今度『劫火』を使ったら、その先の事まで思い出しちまうかも知んねーもんな。
「『劫火』使うのイヤか? なら、無理にとは……」
「イヤじゃ、ない!」
 ミハシは、ぐっと杖を握り締め、強い口調で言った。
「オレはもう、失敗、しない。あ、アベ君がついてる」
「ああ。オレがついてる」
 抱き締めてぇけど、依頼人の前でそれもどうよと思ったので、頭をぽん、と撫でてやる。
 するとミハシが、ふへっと笑った。


 そのミハシの決意が、どうしても必要だと分かったのは、蛇塚の近くまで来てからだ。

 蛇塚は、駆除しても駆除しても毒蛇のわく場所だっていう、目印のようなもので、遠目にもこの辺だって分かるようにか、高く詰まれた石が、黄色に塗られてる。
 その蛇塚の黄色が、はっきりと見え始めた頃……毒蛇がちらちらと現れるようになった。
「またか!」
 向かって来る蛇の上に、剣を刺して退治する。
 結構動きが早くて、かなり厄介だ。
 ハマダも剣を持っているが、あくまで護身用らしく、握り方もちょっと怪しい。さっきから剣を振り回してっけど、1匹もやっつけられてねぇ。

「うわ、うわぁ」
 ハマダの悲鳴に顔を向けると、それより先に、ミハシが叫んだ。
「ファイヤーボール!」
 火球が走り、数匹の毒蛇を一瞬で焼いた。
「キリがねぇ、ミハシ!」
 オレの声に、ミハシはうなずき、杖を構えて息を吸った。
 ハマダを促し、ミハシの背後に二人して下がる。
 信じてっけど心配で、細い背中をじっと見守る。
 ミハシは叫んだ。

「グランドファイヤー!」

 ゴウッ!
 昨日見たのと同じ、熱風とともに大量の炎が地面を駆けた。
 炎は蛇塚まで燃え広がり、蛇塚を越えて、奥の岩場に向かう。
 どんだけたくさんの蛇がいたんだろうか、蛇が鳴くとも思えねぇのに、焼け野原中からキィキィと何かの悲鳴が聞こえてた。

 やがて炎は収束した。今度はミハシも座り込んだりしていねぇ。
 成功だ。
 自分の事じゃねーのに、ほっとして、誇らしい。
「今の内に、奥へ」
 ハマダを促し、先へ進む。
 ミハシに近寄り、「よくやったな」と背中を叩く。
 顔を覗き込むと、やっぱどこか呆然としてたけど、頬を染めて笑ってた。

「もう、大丈夫、だよ」
 ミハシが言った。
「思い出した、んだ。だっ、誰かが、助けてくれたんだ、って」

(続く)

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あきゅろす。
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