小説 3
くろがね王と黄金の王妃・2
王様が「くろがねの王」って尊称されるのは、黒金、つまり鉄剣の使い手だからなんだって。
でも、もう一つ。即位した時に、反逆者を一掃して100人以上をギロチンにかけたから……っていう噂もある。
「100人っていうのは大袈裟ですねぇ」
オレが噂の真相を訊くと、ニシヒロ先生はそう言って笑った。
「先王の時代の重臣方と、古い家柄の貴族の当主方ですから、多く見積もっても3〜40人くらいですよ」
それでも多いと思ったけど、でもそれより気になったのは、やっぱり王様のことだった。
「そんなにたくさんの人に、反逆され、たら、お辛かった、ですね」
オレがそう言うと、ニシヒロ先生はにっこりと笑って、頭を下げた。
「これからも、そういうお気持ちで仕えて差し上げて下さい」
それで分かったんだ。ニシヒロ先生は、王様の味方だって。
勿論、先生だけじゃない。王様が信用して側に置いてる人は、皆、王様の味方みたいだった。
王様のこと、「若輩王」って呼んで軽んじてたあの大臣だって、よくは知らないけど、反逆者に反逆して王様の味方になった人だって聞いた。命の恩人? なんだって。
結婚式を挙げて戴冠式が済んで、正式な王妃になった今でも、オレはあの大臣から、あまりよく思われてないみたい。
王妃にふさわしいのは、強力な後ろ盾を持つきちんとした姫だって、今でも時々口にする。
オレだって大臣のこと、あまり好きじゃないから、どうでもいい、けど。
でも……今回の新婚旅行に、あの人がついて来ないって知って、ホント言うとほっとした。
西の国境への視察を兼ねた、新婚旅行への出発の日。
見送りに出た大臣に、王様は「留守を頼んだぞ」って言った。
オレはオレで、後宮の留守番をしてくれる侍女に、「頼みます」って言わなきゃいけなかった。
これは一応、委任の儀式なんだって。
オレは王妃として、一応後宮の最高責任者ってことになってる。
といっても、後宮に住んでるのは王様とオレの二人だけで、侍女だって10人もいない。
キクエさんを筆頭に、ほとんどの侍女は前の王妃様……つまり、王様の亡くなったお母さまの代からの人だ。
王様のお世話をすることもある後宮の侍女に、あまり若くてきれいな女の子、来て欲しくなかったから、侍女の入れ替えはオレ、遠慮って言うか……反対した。
その辺も、あの大臣に逆らうみたいになっちゃって、文句言われたけど、譲らなかった。
だって、イヤだったし。
だから、オレが王妃になって、新しく迎えた侍女は一人だけ。チヨちゃんっていう同い年の娘で、王様の側近の誰かから推薦があったみたい。
今回、旅行中に留守番をしてくれるのは、そのチヨちゃんだ。
オレが「頼みます」って言ったら、チヨちゃんはにっこり笑って、「謹んでお留守をお守り致します」って礼をした。
移動中は馬車だった。
城下町では、たくさんの人が立って手を振って見送りしてくれたけど、町の門を出た後では、沿道の人達は皆並んで頭を下げて、オレ達が通り過ぎるのを待たなきゃいけなかった。
これは、威信を見せつけて、舐められないようにする為なんだって。
だから、ちょっとでも不敬があると、見せしめでムチ打ちにしたりもするんだって。
「面白くてやってる訳じゃねぇ」
王様は、厳めしい顔でオレに説明した。
「ただ、もう2度と反乱とか反逆とか、起きて欲しくねぇんだよ」
オレは、「分かり、ます」ってうなずいた。
時々、王様の真っ黒な美しい瞳が、闇色に染まっちゃうことがある。
王様はホントは、とても優しい。でも、時には冷酷無比に振舞わなきゃいけない。それは自分の為じゃなくて大勢の人の為で、仕方のない事なんだけど、やっぱりお辛いんじゃないかなと思う。
オレは、踊ることと、お側に仕えることしかできないけど……「お前といるとホッとする」って言って貰えたら、こんなオレでも役に立つんだなぁって思えて嬉しい。
オレは王様をお慕いしてる。
大好きだ。愛してる。
王様もオレのこと、大事にしてくれるけど……きっと、オレの方が王様のこと、必要に思ってる。
独占したい。
オレだけの王様でいて欲しい。
ちょっと前まで、旅芸一座の下働きだったオレが、こんな風に思うのは、身の程知らずなのかも知れないけど……どこのどんな美姫にも、王様のこと、渡したくなかった。
西の城まで、馬車で1週間くらいかかった。
といっても、貴族の領地を通る度に招かれて、寄り道も随分したし。屋敷に泊まっては、宴会にも出た。
だから、寄り道が無ければ、もうちょっと早く着くのかも知れない。
王様がオレに「見せたい」って言ってた湖は、すごく大きくて、すごくキレイだった。
赤や黄色に色付き始めた森が湖を囲んでいて、その木々が水面に映り込んでいる。
水平線が見えるくらいに向こう岸は遠くて、この湖と森とが、国境も兼ねてるんだって。
城の最上階のバルコニーから、王様と二人で湖に沈んでく夕陽を見た。
「キレイだろう?」
王様が、自慢げに言った。
「でも、夕陽の中で黄金に輝くお前の髪と瞳の方が、オレにとっては一番だけどな」
そう言って、王様はオレを抱き締め、キスしてくれた。
一番だって言って貰えて、とても嬉しい。
けど、オレにとっては……穏やかに笑う王様の、真っ黒な髪と瞳の方が、夕陽に映えてキレイだと思う。
「今日は、謁見も宴会も何も無しにしたから」
王様が、オレを抱き上げて優しく笑った。
「新婚旅行らしく、水入らずで過ごそうな」
そう言われると、オレも嬉しくて、ふひっと笑った。
だって、久し振りの二人きりの夜だ。
王妃として……謁見や宴会に顔を出すのは、大事なお仕事だって分かってる。
でもやっぱり緊張するし、失敗しないかハラハラするし、人前に出るのは好きじゃなかった。
(続く)
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