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小説 3
IDENTITY・6
 苦しげにうなされる声で、目が覚めた。
 うなされてるのは、勿論、横で寝てるミハシだ。
「う、うう……あ……」
 ギュっと眉根を寄せ、脂汗をかいて、苦しそうな声をあげている。
「ミハシ、おい、起きろ」
 オレは、ミハシの肩をパンパンと叩いて、大声で呼んだ。
「ミハシ!」
 けどミハシは、イヤイヤと首を横に振り、目を閉じたまま、苦しげに言った。

「無理、です、逃げ、て………さんっ」
 
 え、誰だって?
 聞き逃した名前を、頭で反芻するより先に、ミハシがヒュッと息を呑んだ。
「サンダーレイン!」
 叫びながら、ミハシがガバッと飛び起きた。
 『雷雨』!?
 ぎょっとして身構えたが、魔法の発動はなかったみてぇで、ほっとした。まあ、杖も持ってねぇし?

「お前、物騒な呪文を叫ぶなよ」
 取り敢えずベッドから降り、タオルを濡らして渡してやると、ミハシは荒い息を吐きながら「ふえ?」と言った。
 何を叫んだのか、自覚がねぇらしい。
「サンダーレイン、つってたぞ」
「うお、『雷雨』?」
 ミハシの目が、きらんと光る。

 天候を操る魔法は、最上級の魔法だ。レアじゃねーけど、スゲー高価。
 欲しいって言われても、今の稼ぎじゃ、そう簡単には買ってやれねぇ。つか、欲しいなら獲物を消し炭にしねぇで、アイテム採取に協力しろってとこだ。
 と言っても、呪文書買ってやったって、普通はそう簡単に会得できねぇ魔法のハズだ。何たって、最上級だし。
 「以前のミハシ」なら使えたんだろうが、言葉を知ってるだけじゃ、呪文にならねぇ。呪文書の理を、ちゃんと読んで覚えねぇと、魔法は発動しねーんだ。
 いや、それとも……今までとは逆パターンで、過去を思い出したら、魔法も思い出したりするかな?


 ミハシは、ゴシゴシと濡れタオルで顔を拭いた。そのタオルを受け取って、首の後ろを拭いてやりながら、さっきの夢について訊く。
「うなされてたな。何か、覚えてるか?」
「う、うん……」
 ミハシは曖昧にうなずいて、座ったまま目を閉じた。
 夢を反芻するように、しばらくそのまま沈黙する。

「山、かな? 怖い場所。一面の火の海、だった。黒い鎧、の、背の高い誰か、がいて、オレに……」
「お前に、何だ?」
 ミハシはブンブンと首を振り、両腕で頭を抱えてうずくまった。
「オレに、何か言った、と思う。……分かん、ない」
「無理です逃げて、って、お前言ってたけど。それはどうだ?」
 けど、やっぱりミハシは首を横に振って、「分かんない」を繰り返した。

 分かんねぇか。
 オレは、そっとため息をついた。
 まあ、夢だしな。夢の内容思い出しても、それがホントの過去だとは限んねーし。
 なので、質問を変える。

「その火の海って、『劫火』か?」

 ミハシはびくっと跳ね上がり、オレの顔を見た。そして、ゆっくりと目を逸らした。
「『劫火』オレ、失敗……。一瞬遅くて、お、オレが、臆病で自信ない、から。い、一瞬、でも、チュウチョだめ、なのに。て、敵は、炎よりも速く、飛んで……あっ、こっちにっ!」
 ミハシは目を閉じて、鋭く息を吸った。
 そして、「わあああ」と叫んだ。


 しまった、と思った。
 夕方、「忘れろ」つってやったのはオレなのに。
 急いで強く抱き締めてやりながら、「ごめん、悪ぃ」と耳元で謝る。
 一瞬の躊躇で命取りになることは、珍しくねぇ。でも、反射的に体が動くよう、訓練できる剣術と、魔術とは条件が違うと思う。
 だって剣術は……剣を抜いて、立ち向かうしかねぇ。
 けど、魔法は……どの魔法を使うかとか、瞬時に判断し、呪文を唱えて実行しなきゃならねぇ。反射的にゃできねーんだ。

 剣術の反射ですら、相当の訓練が必要だってのに……魔法の反射を身に付けるには、一体どんだけの修行が必要なんだ。
 オレは、そんなのミハシに求めてねぇし。これからも求めねぇと思う。
 だって、オレ達はチームだ。
 ミハシの魔法にタイムロスがあるなら、オレがその間、守ってやればいい。
 足りねぇ分は、互いに補い合えりゃいい。

 そう言ってやると、ミハシはオレに縋りつき、「怖い」と言った。
「アベ君が、オレのせいで怪我するの、怖い」
「オレは怪我しねーよ。お前も、もう失敗しねぇ。お前は、昔のお前とは違うんだ」
 オレはミハシを抱き締め、顔中にいっぱいキスをした。唇にも、胸元にも。
 頭を撫でて、背中を撫でて、キスの雨を降らせて、いっぱい抱いた。
 オレの腕の中で、安心して眠って欲しかった。

 何でミハシが、モンスターに容赦しねーのか。容赦できねーのか。何となく、分かったような気がした。



 翌朝。
 仲介屋の店の前で、オレ達は依頼人と対面した。
 依頼人は、背の高い派手な金髪の男で、オレ達の顔を見るなり、大声で言った。
「あれ、ミハシ? ミハシじゃねーの? 覚えてねぇ? オレ、ハマダ」
 昔の知り合いか?
 夜に言ってた、「背の高い誰か」か?
 けど、そんな簡単には思い出せねぇようで、ミハシは盛大にキョドって、挨拶も出来なかった。

「あー、すいません。こいつ、記憶喪失なんですよ。名前は多分ミハシであってると思うんですけど、それも本人、自信ねぇらしくって」

「そ、そっか……。いや、オレも会ったの8年ぶりぐらいだし、そんなよく知ってるって訳じゃねーんだけどさ」
 依頼人は気まずそうに笑って、改めて自己紹介した。
「オレ、ハマダです。蛇塚の奥に墓があって。危険なとこなんで、滅多に墓参りも行けねーんですけど、今日はよろしくお願いします」

 差し出された手は、温かかった。
 真っ直ぐな目は、誠実そうだ。信用できると、直感で悟る。
「アベです」
「う、と、ミハシ、です」
 オレ達は握手を交わし、西山のふもとに出発した。

(続く)

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