小説 3
アフターサービス・前編 (トイレ・トラブル・トールガイの続編)
電気メーターやガスメーターは見たことあるけど、水道メーターを見たことないって人は多い。
一戸建てとかなら、まず大体、地面に埋まったボックスの中にある。
集合住宅なら、ガスや電気と同じボックスの中の……下の方にある。
水道管に繋がってる、青い丸い鉄っぽいのがそれだ。フタを開ければ、小さなカウンターが付いている。
見たこと無いってより、多分、見てても気付かない人が多いんじゃねーか?
けど、まあ確かに、地味な存在だ。
地味な存在だけに、日頃からチェックしてる人なんて、まずいねーだろう。
水道メーターや給水管は、自己管理なんだけどな。
自己管理だって事も知らねーから、水道メーター周辺の給水管って、放置されっぱなしなのが多い。
放置してるとどうなるか?
勿論、漏水だ。
「うっわ、スゲー」
メーターボックスを開けるまでもなく、その惨状は目に入った。
連絡を貰ってすぐ、まず止水弁を閉めるように言ったから、もう漏水自体は止まってる。
けど、周りのコンクリはまだ、乾いてなかった。
廊下どころか、階段にまで水の流れた跡があるから、相当量の漏水だったんだろう。
分譲マンションなら自己責任だけど、賃貸なら、とばっちりだよな。
だって、工事費は大家持ちでも、水道代は自己負担だろうし……。
そんなことを考えながら、メーターボックスをガコンと開ける。
アパートやマンションにありがちな、埋め込み型だ。
丁度、目の高さくらいに、ガスと電気のメーターが並んでる。
水道メーターは、それよりずーっと下。足元だ。
オレは給水管をよく見ようとしゃがみ込んで、思わず「スゲー」と呟いた。
「何がスゲーんだ?」
後ろにいた親父が言った。
「いや、オレ、こんななってんの初めて見た」
だって、錆びてるどころじゃねぇ。
朽ちてる。
よくここまで放って置いたよな。
けどまぁ、給水管が消耗品だって意識がなけりゃ、そうそう確認はしねーもんか。
検針だって、一件幾らの歩合制で働く奴が多いって聞くし、そしたらメーター周りの管の様子なんて、いちいち気にしねーかもな。
バルブの辺りを手で触れると、薄くなっちまった金属の管は、ひどく簡単にペキッと折れた。
「こういう金属の給水管は、継ぎ目から腐食しますんで。今は硬質塩化ビニルのが、主流になってますねー」
親父が、依頼主に説明してんのを聞きながら、オレはバルブをそっと触った。
そういや、朽ちてもねぇバルブを、お釈迦にしちまった奴がいたな。
思い出して、ドキッとする。
1週間前……。
その、朽ちてもねぇバルブを、お釈迦にしちまった依頼主と、オレは一夜を共にした。
つまり、ヤッちまった。
勿論、親父には絶対内緒だ。
客の家に居座って、メシまで食わせてもらって、しこたま酒飲んで、風呂も借りて、泊まりこんで! その上、客に手ぇ出しちまったなんて!
信用問題、ってより、モラルに反する。いや、常識的にも、あり得ねぇ。
自分でも信じらんねぇ、何でそんな事になったのか。
だって、相手は同い年の男だったんだから!
「おー、隆也。車から、塩ビ管出して来い。それと道具」
親父に言われて、オレはマンションのエントランスを抜け、大通り沿いの歩道まで、小走りで行った。
歩道に寄せて路駐してある、ロゴの入ったワゴン車のハッチを開ける。
と、すぐ後ろからデカイ車が来たので、とっさによけた。デカイったって、ダンプじゃねぇ。黒塗りのリムジンだ。
リムジンとか。こんな間近で見たの、初めてだ。どんな奴が乗ってんだろうな。
そんなどうでもいい事を考えながら、再びハッチの中を覗き込む。
その後、マンション全戸のメーター周りを点検すると、程度の差こそあるものの、ほぼ全てが交換になった。
取り敢えず今日は、依頼主の給水管だけを交換して、社に戻った。
見積もりとか工程表とかは、親父に任せ、オレは一旦家に帰り、私服に着替えて駅前に出る。
会社も自宅も同じ敷地内にあるし、24時間フリーダイヤルなんて始めたもんだから、たまにムリにでも外出しねーとメリハリが出ねぇ。
けど、友達も恋人もいねーから、メリハリなくても困んねーか。
むしろ彼女なんてのは、作る暇ねーし、作っても相手する暇がねーよな。
バツセンに一人で行ったって空しいだけだから、結局こうしてムリに出たって、本屋をうろつくしか能がねぇ。
本屋で雑誌をパラパラめくってみるものの、結局、何も買わずに店を出る。
すると丁度真向かいに見えるのは、駅前の、スリースターズマンション……。
6階建ての、スタイリッシュな分譲マンション。
そこの101号室に、オレがヤッちまった相手が住んでいる。
あの後、あいつ、どうしたかな……?
確かめたいような、無視したいような。そんな複雑な思いを抱くのは、多分記憶が曖昧だからだ。
何であんなことになったのか、どっちが誘ったのか、全く覚えてねぇ。
ただ、次の朝。
自分の腕の中に、そいつがくったりと眠ってて……その白い肌のあちこちに、キスマークがいっぱい付いてんのを見ても、オレは驚かなかった。
だからオレは………。
ぼんやりとマンションを眺めてたら、そこの入り口の前に、でかい黒塗りの車が停まった。
リムジン。今日で2回目だ。
ガタイのいい、坊主頭の運転手が車を降り、ぐるっと歩道側の後部座席に回り込んでドアを開けた。
あんな車に乗ってんの、どんな奴なんだ?
昼間と同じ事を考えながら、リムジンから降りる奴の顔を見る。
そして、ハッとした。
「三橋……」
三橋廉。
それは一週間前、オレがこの腕に抱いた青年だった。
(続く)
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