小説 3
IDENTITY・5
天才剣士。
赤い閃光。
タジマを賞賛する言葉は、幾つか知ってたけど、実際にその剣技を目の当たりにしたのは、初めてだった。
双剣を構えて、トン、と地面を蹴る。
ひゅっと体を捻りながら、敵を切り裂く無数の剣撃。
あまりに素早くて、ひらめく剣の残光しか見えねぇ。
光をまとって、激しく舞う。
けど、ぼんやり見とれてる場合じゃねぇ。
「ミハシ、しっかりしろ!」
両肩をきつく掴んで、ガクガク揺する。両腕を引っ張って、立たせようとする。
なのにミハシは強情にも座り込んだままで、オレの声すら聞こうとしねぇ。オレはカッとして、パン、とミハシの頬を叩いた。
「しっかりしてくれ!」
すると、ようやくミハシがオレを見た。過去じゃなくて、今を。
「立て。タジマが戦ってくれてんぞ」
オレの目線の先では、タジマが自分の倍以上はあるモンスター相手に、果敢に立ち向かってる。数はすでに1頭に減って、1頭は逃げ、1頭は地面に斃れてた。
「タ、ジマ君……」
ミハシはぼんやりと呟き、けど、オレに引っ張られて、今度はちゃんと立ち上がる。
ぼうっとしてる場合じゃねぇって、気が付いたんなら上出来だ。
つか、ぼうっとしてても杖を手放さねぇ、その根性は褒めてやってもいいかもな。
残りの1頭も、マジ、あっという間に倒して、タジマがオレ達を見た。
「帰ろーぜ! あんま、長居しねー方がいい!」
さすがに、息を弾ませてる。
「ああ、悪ぃ。いてくれて助かった」
オレはミハシの肩を抱き、タジマの側に寄った。
連れ立って、小走りで荒れ野を抜ける。
途中、ザコモンスターに何度か出くわしたけど、オレが剣を抜くよりも速く、タジマが双剣をひらめかせた。
ミハシの足取りは、気のせいかちょっと重かったけど、それでも素直に付いて来た。
「さっきは、ご、ごめん」
ミハシがオレ達に謝って来たのは、街道に戻り、町の入り口が見えて来た頃だった。
「おー、気にすんな」
オレが口を開くより先に、タジマが、ぐいっと三橋の肩に腕を回した。
「けど、荒れ野でボーっとはしねー方がいーぞ。今日はオレがいたから良かったけど、アベに怪我させんの、イヤだろ?」
「イヤだ!」
ミハシが大声で叫んだ。
古い杖を、両手でぎゅっと握り締めてる。
さすがのタジマも、一瞬黙ってミハシの顔を見たけど、またすぐにニカッと笑って、「よーし!」と言った。
町に戻って、別れ際にオレもタジマに礼を言った。
「今日は助かった。あんがとな」
晩メシを奢ると誘ったけど、タジマは「大した事してねーし」と首を振った。
ワイルダーベア3頭や、たくさんのザコモンスター相手にしといて、「大した事ねぇ」って。まったく、天才ってのは、スケールでけぇよな。
「レア見れたから、チャラでいーや」
タジマは快活に笑って、そしてオレの腕をグイッと掴み、ミハシに聞こえねーような小声で言った。
「あのレア、レベル80ぐれーだぞ」
オレは、はっとタジマを見た。
レベル80。魔法使いのレベルには詳しくねーが、そりゃ間違いなく上級魔法だ。
それを、呪文書に目を通しただけで、一回目から発動させた……?
ミハシ。
上級魔法を覚えて、使って。
一体、どんな過去を思い出したんだ?
晩メシを定食屋で済ませ、オレ達は黙って家に帰った。
玄関を入ってすぐ、扉の前で、何故かミハシが立ち止まった。
「どした?」
ミハシはうつむいて、そっと自分の左頬に触れた。
「まだ痛むのか?」
さっき荒れ野で、オレがパン、と叩いた場所だ。
ミハシの手を外させて見るけど、もう赤みは無くなってる。元々、そんな力いっぱい叩いた訳じゃねーし。
けど、例え正気に戻させる為でも、叩いたのは悪かったかな?
「ごめんな、痛かったか?」
ミハシはブンブンと首を横に振った。
うつむいたままなんが気になって、そっと頬に手を当て、上向かせる。
キョドキョドと視線を揺らした後、ミハシがゆっくりとオレを見た。
涙ぐんでいた。
何で、そんな顔をする?
オレはミハシを抱き締め、唇を合わせた。
宥めるように、丁寧に、舌を差し込んで愛撫する。縮こまった舌を掘り起こし、撫でさすり、強く吸って絡め合わせる。
されるがままになってたミハシも、いつしかすすり泣きながら、オレに縋り、深いキスに応えていた。
「何を思い出したんだ?」
唇を離した後、頬に軽く口接けながら、率直に訊いた。
だって、こいつの様子がおかしいの、他に理由がねぇかんな。
ミハシはぐしゅ、とすすり泣きを大きくして、食いしばった歯の奥から、細い息を吐いた。
「失敗した、とこ」
オレはもっかいミハシを強く抱き締め、柔らかな頭を撫でた。
「忘れろ」
腕の中で、ミハシがビクンと体を揺らした。
「イヤな事思い出したって、また忘れりゃいーんだよ」
そう言うと……ミハシは小さく首を振り、けど、涙を流しながら、微笑んだ。
(続く)
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