[携帯モード] [URL送信]

小説 3
リトルインパクト・1 (小学生時代)
「タカ、あんた来週の日曜、練習、午後からでしょ」
 母親にそう言われて、隆也は「違う」と応えた。もちろん、嘘だ。
 だって、母親がそんな事、わざわざ聞いてくるなんて、おかしくないか? 絶対、何か面倒臭い事をやらせようって、思ってるのに違いない。

 隆也の嘘に、母親は「嘘言わない」と顔をしかめた。
「来週の午前中、ちょっとスポセンまで付き合って欲しいのよ」
「はあ? 何で?」
 ほら来た、と内心、思った。やっぱり面倒事だ。

 スポセンとは、戸田市スポーツセンターの略称である。
 その名の通り、スポーツに特化した大型施設で、アリーナや柔道場はもちろん、弓道場、プール、テニスコート、陸上競技場なんかも備えている。

「高学年の子のさ、リーダー研修会に出てって頼まれたの。お土産貰えるってよ」
 弟じゃあるまいし、お土産なんかに、つられる訳がない。
「面倒臭ぇ。シュンが行けばいいじゃん」
「シュンちゃんは高学年じゃないでしょっ」
 3つ下の弟は、3年生。確かに、どう転んでも高学年とは数えられない。
 くそ、と隆也は思った。断れそうにない。

 大体何だ、リーダー研修会って。
「何でオレなんだよ、誰でもいいじゃん」
 そう言うと、母親はケラケラ笑ってこう言った。
「やあね、誰でもいいから、あんたなんでしょ」
 ……ムカついた。


 スポセンの剣道場の前には、人だかりができていた。結構な数の子ども達が集められてるようだ。
 前もって、名簿が作られていたらしい。母親と一緒に受付に並ぶと、「タカヤ」と書かれた丸いシールを渡された。
「服の目立つとこに貼ってね」
 受付のオバサンが言った。

 目立つも何も、直径10センチくらいの黄色いシールである。背中に貼ろうが、太ももに貼ろうが目立たない心配は無い。
 隆也は一応周りを見て、無難に左胸に貼った。

 体育館シューズに履き替えて、靴箱の空いてるところを探す。勝手はよく分からないが、こういうものは適当でいい。
 同様に、空きスペースを探しているんだろうか。上履きを持ったまま、うろうろキョドキョドしてる奴がいた。
 ふわふわの猫毛で、色白。髪と同じ、薄茶色の太い眉毛が、情けないくらい下がってる。
 パッと見から頼りなさそうな外見の上、加えてこの落ち着きの無さ。およそ、「リーダー研修会」に参加するのに、相応しくない感じだった。

 まあ、誰でもいいって話だし?

 隆也は小さくため息をつき、ひじでそいつを軽くつついた。
「あっち、空いてそうだぜ」
「うほっ」
 隆也が声を掛けると、そいつは素っ頓狂な声を上げて、30cmくらいジャンプした。
 そんなにビビられると、こっちまで驚く。
 
 なんだ、こいつ。変な奴。

 隆也が驚いてる内に、そいつはちょっと落ち着いたらしい。ためらいがちに自分を指し、首をかしげて「お、お、オレ?」と訊いた。
 知らない相手に、話し掛けられるのに慣れてないのだろうか。……どもってるし。
「他に誰がいるんだよ。……えーと」
 そいつの左胸に、目を向ける。隆也のと同じ、黄色い丸いシールには、「レン」と書かれている。
「レン、あっち。行こうぜ」

 隆也が指差す方向を見て、レンは大きくうなずいた。
「うん!」
 そして、キラキラした目でタカヤを見て、「いい人……」と呟いた。



 世話焼き癖がついているのは、多分、弟がいるせいだろう。
 兄ちゃん兄ちゃん、と、後ろを付いて来てた弟は、可愛かったし、世話の焼き甲斐があった。
 顔は全然似てないが、隆也の後を、ひな鳥のように付いて来るレンの様子は、昔の弟に似てなくもない。

「お、集合かかってんぞ」
 隆也が声を掛けると、レンはちょっと遠慮がちに、でもすごく嬉しそうに、隆也の後を付いて来る。
 剣道場の中には、100人以上の子ども達がいた。
「はい、みんな、もっと寄って座って」
 司会役は、大学生だろうか。胸元にピンマイクを着けてるようだ。
「全員揃ったようなので、今から、第××回年少リーダー研修会を始めます。皆さん、こんにちは!」
「こんにちは!」
 100人以上の小学生の声が、剣道場の中にうわん、と響いた。

 レンは、その声にビクンと震えて、そっと隆也の顔を見た。隆也がちらっと目をやると……レンは安心したように、ふわりと笑った。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!